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 名を呼ばれたアークライトは紗霧の待つ中央へと足を踏み出す。
 アークライトが闘技場内に姿を表した途端、女性の黄色い声が場内に木霊した。


「きゃぁーー!!アークライト様、頑張ってくださ〜〜〜い!!」

「いや〜ん!!相変わらず素敵ですぅ〜〜!!」

「あぁぁ〜〜ん!その腕に抱かれた〜〜〜〜い!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・な、何!?コレ??」


 紗霧はその黄色い声に戸惑う。だがその声に戸惑いを見せないアークライトはどうやらこの騒ぎには慣れているようで、紗霧に向かって歩む速度は緩めずに微笑みながら会場の女性達に手を振った。すると一層大きな声が闘技場内に響き渡る。


「お待たせサ――じゃなかった、ウィル。騒がせて悪かったね」

「いや、全然構わないんだけど・・・。ねぇ、何時もコレなの?」


 紗霧の言うコレとは、当然ながら闘技場内に響き渡る黄色い声を発する女性達の集団だ。  昨日の個人決勝戦では男女問わず興奮した声が闘技場内を包んでいたのだが、その時とは異なる闘技場内の雰囲気に紗霧は困惑する。


「ん?ん〜、そう言われればそうかもな」

「・・・・・・羨ましい・・・」

「えぇ??ウィルだって珍しいことではないでしょうに」

「・・・・・・男の濁声なんて嬉しくねぇ〜〜」


 フッと遠くを見る紗霧に、アークライトは「それもそうだね」っと苦笑した。
 紗霧の言う『男の濁声』とは、紗霧が何時も足を運ぶ王直属親衛隊の専用修練場で紗霧を心待ちにしていた兵達が、紗霧が姿を見せた時に発する野太い声の事である。
 男所帯である王直属親衛隊の中にあって、紗霧は正に『一輪の可憐(?)な花』であった。・・・例え紗霧の剣の前に、徹底的に叩きのめされてもである。


「ま、いいじゃない。さ〜て、と。早速だけど始めようか」

「・・・・・・別にいいけどね。それと・・・アーク、解っているとは思うけど」

「はいはい。『手加減するな』でしょ?」


 解ってるじゃん、と紗霧は口角を上げた。
 アークライトが鞘から剣を抜き構えると、紗霧も剣を鞘から抜き放ち同様に構える。二人は互いに剣を正面に、隙のない構えでもって対峙した。
 その場は緊張の糸が一気にピンと張り詰め、何とも息苦しい空気が漂い始める。


「では、グレイス隊はウィル・グレイス。それに対するのは最終挑戦者、王直属親衛隊のアークライト・ウィン・ウェイナーとの試合、始め!!!!!!」


 審判の合図と共にその緊張の糸が切れ、紗霧とアークライトの試合が今始まった。


***


「あぁ、こら!!〜〜〜〜〜アークっ、サギリに攻撃を仕掛けてどうする!!・・・ちっ、又っ!!」


 王族専用の観戦バルコニー内にて、ウィルフレッドは一人その縁に身を乗り出してアークライトに文句を飛ばしていた。眼下で行われている紗霧とアークライトの試合に、ウィルフレッドの眉間には皺が寄り、バルコニーの縁を掴むその手にはギリギリっと力が入る。


 紗霧とアークライトとの試合はアークライトが圧倒的に優勢で、紗霧はどうにか応戦しているといったところだ。余裕の表情であるアークライトとは反対に、紗霧の表情は苦しい。そんな劣勢の中でも、紗霧はアークライトの見せる僅かな隙を見逃すことなく攻撃を仕掛けていた。だが、その隙というのも実はアークライトの意思によって故意につくりだされているものであった。


「〜〜ったく、アークの奴め。完全にサギリで遊んでいるな。わざと隙をつくっては攻撃させているなんてサギリに気付かれたらどうするんだ。後から報復がきても私は知らんぞ」


 紗霧の容赦ない剣戟を紙一重で避けるアークライトに、ウィルフレッドは溜息を漏らす。しかしアークライトは紗霧との試合を心から純粋に楽しんでいるようで、その表情からは笑顔が消えない。


「・・・・・・だが、羨ましいな。純粋に闘いを楽しめる相手がいるというのは。・・・王となった私には、サギリと剣を交える機会を望むことは難しいのだから・・・」


 未だ修練場へと足を運ぶ紗霧とは反対に、日々の公務に忙殺されているウィルフレッドは紗霧と剣を交えるための時間を割く事は許されていない。例えウィルフレッドが修練場へ足を向けても即刻アークライトやセオドアに連れ戻されるのが目に見えている。そもそも王となって未だ日の浅いウィルフレッドにはやらなければならない公務が山積みで、そのように紗霧と戯れる時間なんて無いのだ。
 ウィルフレッドはドサリと椅子に凭れると、アークライトが紗霧と闘う事を楽しんでいるその試合を切なそうに見つめた。


***


 キンっという音と共に紗霧はアークライトの剣戟を正面で受け止める。だが力と体重の差があるため、受け止めた剣は徐々に押される。


「〜〜っ!馬鹿力!!」

「そう?普通だよ」


 アークライトは自分の剣戟を受け止めた紗霧をそのまま力で薙ぎ払う。


「くっ!」


 アークライトに吹き飛ばされて紗霧は顔を歪める。すぐさま態勢を整えて剣を構えるが、目の前には既にアークライトが迫っていた。
 再び繰り出された剣戟を紗霧は辛うじて避ける。


「逃げてばかりだと俺には勝てないよ」


 アークライトの挑発的とも取れる台詞に、紗霧は「解っているよ!」と叫ぶと間合いをはかるべく右に転がった。


「おや?」


 紗霧の取った行動をアークライトは楽しそうに目を細めて見る。完全に遊ばれているということがアークライトのその態度によって、紗霧もとうとう気付いた。
 再びアークライトが攻撃を仕掛ける前に紗霧は起き上がって剣を構える。


(〜〜俺が遊ばれてるなんて!!でも技術、体力では完璧にアークが上だ。・・・ちっ、勝てる策は何かないか!?セオドアさんにやった騙し討ちはもうアークに見られているし。××っ!)


 足に疲れが見え始めた所為で、紗霧は次第に焦りが募る。落ち着けと己の感情を自制しても押さえられない。その感情の波は紗霧の剣の感覚をも鈍らせた。
 額から滴る汗を紗霧は白の隊服の袖で乱暴に拭う。


(・・・仕方ない・・・。一か八かだ。これしか策が思いつかないし、掛ける他はない)


 紗霧はスッとその目を細めアークライトを見据えた。弾む息を落ち着かせ、己の呼吸を思い起こす。
 そんな紗霧の瞳の中で、新たなる闘志が燃えたのをアークライトは気付いた。


(何か仕掛ける気だね。)


 ならば、とアークライトも先程までと打って変わってその表情を厳しくする。紗霧はセオドアとの試合で見せたように、アークライトが想像できないような奇策を思いつく。そんな紗霧が何かを仕掛けようとするのに、アークライトが今までと同じように対峙する筈がなかった。


(さ〜て、俺にはどんな事を仕掛けるのかな)


 表情を引き締めたアークライトだが、紗霧の奇抜な作戦をどこか心待ちにする自分が居ることに気付いていた。


***


 息をグッと呑み込んだ紗霧は、突然自らの剣をアークライトの後方へと放り投げた。紗霧の放り投げたその剣の軌跡をアークライトは唖然と目で追う。


「何を!?」


 己の頭上を越えて後方に落ちた剣からアークライトは紗霧に視線を戻すが、何時の間にか紗霧はアークライトの眼前に迫っていた。慌ててアークライトは剣を構えるが既に遅し。紗霧は軽く跳躍するとアークライトが構えかけた剣を足で踏みつけた。
 アークライトは剣に掛かった紗霧の体重によって剣ごと前につんのめったが、辛うじて柄からは手を放さなかった。しかし有ろう事か、紗霧は踏みつけたその剣の刀身の上を走り出す。


「なっ!!??」


 目を驚きに見開くアークライトに構わず紗霧は刀身の上、更にはアークライトの右腕の上を軽やかに走り、最後に右肩を足の裏で踏み付けてアークライトの後方へと跳んだ。
 利き手である右腕、肩を紗霧に踏みつけられた事によってアークライトはバランスを崩す。


「ちっ!!」


 慌てて態勢を整えようとしたアークライトだが、その後ろ首にヒヤリとした何かが突きつけられた。


「油断したね、アーク」


 アークライトの後ろ首に突きつけられていた物の正体。それは紗霧が先程アークライトの後方へと放り投げた筈の剣の先だった。
 無防備な背後から剣先を突きつけられたことでアークライトは観念したのか構えかけた剣を下ろし、肩の力を抜くと苦笑した。


「・・・・・・いや〜、まさか君が俺の剣の上を走り出すなんて予想が出来なかったしね」

「ん。俺もまさかアークの肩を踏みつけるなんて思わなかったよ」


 それはそうだ、とアークライトは笑い出した。
 アークライトは下ろした剣をそのまま腰に帯びている鞘の中へと収めると、背を向けていた紗霧に正面で向き直る。


「あ〜、もう降参。俺の負けだよ」


 アークライトが敗北を宣言した事によって最終試合終了の合図を告げる音と、紗霧の勝利を告げる審判の声が闘技場内に響き渡った。









                                            update:2006/4/9






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