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(何だか女の子のような面差しをしているなとは思ったけど。・・・・・・・・まさか本当に女の子だったなんて)


 身体を上から押さえつけられ口を塞がれた紗霧は、唯一自由になるその瞳で自分を見下ろすエミリオの顔を正面から間近で見る。
 彼女は腰に届くであろう長いサラサラな茶色の髪を頭上で一つに括り、銀の髪飾りで留めている。成長してない少女特有の少々丸みを帯びた顔立ちに大きな茶色の瞳。ただしその瞳は、今はキリリと吊り上がり紗霧を睨むように見下ろしている。
 可愛いのにそんな恐い顔して勿体ない、と紗霧は心中で呟いた。


(でも、俺の親衛隊って女の子の入隊って認めていたっけ?ウィルやアークが色々改革していたけど・・・でも、アレ??)


 紗霧やウィルフレッドの親衛隊は、通例ならば格式ある家柄の者のみが入隊を許されていた。だがウィルフレッドとアークライトがそれらの取り決めを廃除して、今や親衛隊入隊の条件は実力主義となっている。だからといってならず者等誰でもよいわけではなかったが。
 それでも、その改革によってでも女性の入隊は認めてない筈だ。紗霧は疑問符を飛ばしつつエミリオをマジマジと見る。


(―――って、ちょっと待て!!確か俺、彼女の、むむむむむむ、胸を触らなかったか!?)


 ボンっと瞬時にして紗霧の顔は真っ赤に染まる。エミリオの胸の上に手を置いてしまった先程の光景がフラッシュバックしたのだ。


(ああああああああああああああああああ、謝らなければ!!!!!)


 紗霧はエミリオの手によって塞がれた口を自由にしてもらおうと必死になってエミリオの身体の下から起き上がろうとする。本来紗霧ならば、自分を押さえつけているエミリオの身体を投げ飛ばし身体を自由にするという事は簡単に出来るのだが、エミリオが女の子だと解った以上そのような乱暴な真似が出来るはずがない。
 紗霧は何とかエミリオを傷つけない方法をと考えたのだがそんな都合のよいことなんてそう簡単にある筈がなく、紗霧は身体をバタバタと動かすという単純な動作でもってしか、エミリオの下から起き上がろうとする術はなかった。
 
 顔を真っ赤にして突然暴れ出した紗霧をエミリオは更に力を込めて押さえつける。だが、そう何時までもこのように紗霧を押さえつける訳にもいかないと、エミリオは覚悟を決めて紗霧の耳元に顔を近づけた。


「いいか、私は今からお前の口を塞いでいるこの両手を外す。だが決して私の正体が露見するような言葉を口にするんじゃない。・・・いいな?」

 口を塞がれたまま紗霧は何度もコクコクと頷く。紗霧が何度も頷くのを確認したエミリオは紗霧の口を塞いでいた両手をそっと外した。
 手を外された紗霧は真っ先に酸素を求めるのではなく、エミリオへの謝罪を口にする。


「あ、あの、その、触ってしまってごめ――」

「何も言うな」

「え?だけど」

「黙れ。―――続けるぞ」


 紗霧の上から退くべく、立ち上がったエミリオは紗霧と距離を取り再び剣を構えた。紗霧はエミリオの言葉が一瞬理解できなかったのか、エミリオの言葉をもう一度脳内で繰り返す。そしてその言葉の意味を理解した紗霧は、突然剣を持っていない両手を物凄い速さで左右に振った。


「え?えぇぇええぇ!!??いやいやいやいやいや、絶対無理!!!!!」

「・・・・・・お前、私を馬鹿にしているのか?――だからといって私を軽視するのか」


 エミリオは己と闘うことを拒否する台詞を放った紗霧を冷たい視線で見る。
 故意に伏せられた台詞の一部分には『女』という言葉が当てはまるであろう事に紗霧は気付いた。


「そんなことはない!!!」

「ならば続けることに異存はあるまい。私はお前に引けは取らなかったはずだ」


 確かに先程まで紗霧達はほぼ互角の闘いをしていた。一歩も譲る事のない互いの攻防に、紗霧もこれまでのどの試合よりも剣を交える事に一段と興奮を覚えていたのは事実である。
 紗霧は、ハッと何かに気付いたのか一瞬俯いた顔を上げると、ゆっくりと立ち上がった。

「―――わかった、続けよう。手加減なんてふざけた真似はしないよ。・・・それに誰にも言わないから安心して」

「・・・・・・・・・・・何だと?本気か?」

「もちろん」


 エミリオは強気な台詞を紗霧に放ってはいたが、まさか本当に試合を続けてくれるなんて望みは全く無きに等しいと思っていた。何故なら、それは誰もが知っているのだ。親衛隊だけではない。全ての隊は『女』の入隊など認めてない事を。
 すぐさま審判に自分が女である事を告げられ、即刻この場から退場させられるどころか除隊という事態に陥ると信じて疑わなかったエミリオは紗霧の予想外の台詞に目を大きく見開いた。


「・・・何故だ。理由を聞かせろ」

「何故って・・・、簡単なことだよ。俺はそうやって人を何かの一括りにして見るのが大嫌いだからね。そんな見方では視野も狭くなる。俺は人の本質を大切にしたいんだ」

「お前・・・」


 そう言う紗霧こそ、その様に何かの一括りして見られていたのだ。それは元の世界の事であるが、そうやって人を馬鹿にした連中は全て紗霧の前に倒れていったというのもここに付け加えよう。


「・・・・・・変わった奴だな。私の様な者にそんな嬉しい言葉を言ってくれるなんて」

「そう?普通だよ」

「ウィル・グレイス、とかいったな。私はお前の様な者と出会え、剣を交える事が出来て光栄だ」


 フワリとエミリオは初めて笑顔を見せる。それは偽りの無い心の底から出た笑みであった。
 やっぱり可愛いな、とその笑顔を正面から受け止めた紗霧も、エミリオに連れて微笑む。


「だが、私も手加減はしない。この闘いで勝利を得るのは私だ」

「どうかな。俺もそう簡単には譲れないよ」


 紗霧は先程放り投げた剣を拾うと構える。
 二人は互いの視線を交え頷くと、再び試合を開始した。


***


「あの、エミリオ。そろそろ降参した方が・・・」

「黙れ!私は負けなど認めぬ!!!」


 方膝を地面に着け、地面に刺した剣で身体を支えていたエミリオは気力で持って立ち上がると再び紗霧に切りかかる。だが、力の残ってないエミリオの剣戟を紗霧は軽やかに躱すとエミリオの背後に回りこみ、膝裏を峰打ちする。


「うっ!」


 唯でさえガクガクだった膝を裏から当てられ、力を無くしたように再び地面に膝を着く。
 紗霧はゆっくりとエミリオに近づくと、肩で息するエミリオの前に立った。


「これ以上は無理だよ。―――ごめんね」


 謝罪と同時に紗霧はエミリオの剣を持つ手を叩く。叩かれた事で反射的に剣から手を離し、地面に転がったエミリオの剣を紗霧は遠くへ蹴り飛ばす。
 チャキっという音と共に紗霧の剣先はエミリオの咽元へと突きつけられていた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・私の負けだ」


 唇を噛んで紗霧を睨みつけていたエミリオだったが、俯くとこれ以上は無理だと悟り潔く負けを認める言葉を口にする。
 その瞬間、紗霧とエミリオの闘いは紗霧の勝利で幕を閉じた。
 周囲に歓声が湧くが、当事者である紗霧とエミリオの耳にはその大きな拍手も何もかもが耳には入らない。エミリオは俯いていた顔を上げ、立ち上がると紗霧に手を差し出した。


「お前、いや、ウィルは素晴らしい男だ。・・・どうだ?私は今日で終いというのではなく、再びウィルと剣を交えたいのだが。駄目か?」

「駄目じゃないよ。俺の方こそお願いしたいくらいだよ。こんなに楽しかったのは久々だったしね」


 あぁ、でもその場合って俺は女装姿でってことになるのかな。ひょっこり親衛隊の修練場に俺が顔を出したら・・・・・・驚くだろうなエミリオ。
 紗霧は、いくらエミリオも性別を偽っているからといって流石に王妃として在る紗霧までもが性別を偽り、それだけでなくこうしてエミリオと剣を交えたという事実を知った時には『驚く』というレベルでは済まされないということを解っていない。
 だが紗霧は、まぁいいか、などと単純な思考でもってエミリオの差し出したその手を握り返した。


「そうか。・・・嬉しいな」


 そんな紗霧の心情を知らないエミリオは、再び紗霧と会い見(まみ)え、剣を交える日を楽しみに柔らかく微笑んだ。









                                            update:2006/3/29






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