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「ではグレイス隊のウィル・グレイス、王都警備隊のジョハン・サントフォール、両者前へ!!」


 王都警備隊の青色の隊服を着用するジョハン・サントフォールは紗霧と同じ年頃だ。まだ幼さの残る顔だが、その眼の奥は一人前の大人のようにメラメラと闘志が燃え見える。
 審判が紗霧とジョハンに視線を合わせ高らかに名を呼び上げた事で、二人の緊張は一気に高まる。紗霧とジョハンは互いを威嚇するが如く睨み合ったまま、その視線を逸らさなかった。互いの視線を交えたまま紗霧は中央に進み出ようと一歩足を踏み出す。


「おい坊主!どうせ連中はお前の事なんてはなっから相手にしてないんだ。力を抜いて気楽に行け、気楽に!!」

「―――いっ!」


 紗霧が中央へ進み出ようとしたその時、グレイス隊の隊長であるバトラーが紗霧の緊張を解放そうと背中をバシバシと力一杯叩く。その怪力に紗霧の細い身体は前に軽く吹き飛ぶかと思ったが何とか足を地に踏みしめ、そのお蔭で4、5歩前の方へと突んのめっただけで済んだ。


「・・・・・・・・・・隊長。俺、試合が始まるより先に、貴方に張っ倒されそうですよ」

「お!すまんすまん!!」


 わはははは、と大口を開けて笑うバトラーに紗霧は溜息を吐いた。だがバトラーのお蔭で身体に入っていた余計な力が全て抜ける。そして緊張のあまり強張っていた紗霧の表情も、冷静に周囲の状況を把握する事が出来る心の余裕が戻った事で、口元には自然に笑みが浮んだ。


「そうですね隊長。俺、気楽に行ってきます」

「あぁ、それが一番だな!――よっしゃ、行け!!」

「はい!!」


 紗霧は今度こそ、既に中央へと立ち紗霧を睨みつけているジョハンのいる元へ行くその一歩を踏み出した。


***


 審判の右手が頭上より高く上がる。そして「始め」という声と共に素早く下ろされた右手と同時に、何時の間にかジョハンの背後に回った紗霧の剣が彼の後ろ首に突きつけられていた。


「なっ・・・・・・・!?」

「あり?え、もう終わり??・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・弱っ!!」


 会場は先程の声援が嘘のようにシンっと静まり返った。誰もが皆、目の前で起こった出来事に息を呑む。
 まさかこう簡単にジョハンの背後を捕らえる事が出来ると思わなかった紗霧は、あまりの呆気なさに目を瞬く。
 しかし驚く紗霧以上に驚愕したのは、自分の後ろ首に剣を突きつけられているジョハンだろう。目に見えない速さで自分の視界から相手が消えたかと思いきや、突然後ろから剣を突きつけているのだ。あまりにも現実離れしたこの状況を受け入れる事が出来ないジョハンは呆然と立ち尽くす。
 ジョハンだけではない。一番近くで見ていた審判も、己の手が振り下ろされた瞬間勝負が決まったのだ。審判は目を見開いて二人を凝視する。
 この仕事を人に誇れるくらい経験を積んだ審判は、トラブルに素早く対処することが出来る技量を持ち合わせていた。だがそんな彼でもあまりに早く勝負がついた試合に、右手を振り下ろしたままの格好で身体を硬直させる事しか出来なかった。


「あの、さ。早く負けを認めてくれないと危ないよ?」


 ほら、っと紗霧はジョハンの後ろ首を剣先で軽く突いた。ジョハンの後ろ首はプツリと小さな血の球が出来る。


「――痛!!ま、参った!!!」

「そ。審判、勝負付きました」


 ニッコリと自分に向かって微笑む紗霧に、審判はハッと我に変える。そして慌てて紗霧に向かって手を差し向けた。


「し、勝者!ウィル・グレイス!!」

「どうも」


 静まり返っていた闘技場内はこれまでと比べ物にならない程に騒然となる。それは紗霧と同じ隊であるグレイス隊もそうだった。バトラーなどは興奮したように自分の見事な大剣を振り回す。大剣を振り回すバトラーに、その剣の鞘の部分が見事に身体に命中した味方は少なからずダメージを受けていた。興奮する味方に紗霧は手を振って答える。


「では、次の試合を始める!グレイス隊は引き続いてウィル・グレイス、それに対するのは王都警備隊のジョン・アーヴィング、前へ!!」


 5席目を埋めた新人であるジョハンとは異なり、4席目からは確かな実力を持つものがその席を埋める。
 ジョン・アーヴィングは逞しい体躯の持ち主で、如何にも力自慢というような男だ。はちきれそうになっている青い隊服が、ものの見事に似合っていない者も又珍しい。
 紗霧は、何が可笑しいのかニヤニヤと笑う男に不快そうに眉を寄せた。


「何?」

「いや。ジョハンの奴は油断したなと思ってな。だが4席の俺は奴のようにはいかないぜ」

「・・・・・・・・・・・あっそ。なら、もたもたしないでとっとと始めようよ」

「・・・生意気な奴だ。まぁいい。おい審判、早く始めろ!!」


 クイッと顎で審判に命令するジョンに紗霧は益々不愉快になる。身分など関係なく、明らかに2回りくらいは年上であるはずの審判にそのような態度を取る男の行動が許せなかった。


(コイツ・・・瞬殺だ)


 紗霧の眼が小さく細められる。その背後から冷たい冷気が立ち込めていたが、ジョンは全く気づく事なく己より1回り小さい紗霧を見て嫌な笑いを浮かべていた。


「・・・始め!!」


 審判の号令の合図と共に右手は下ろされた。









                                            update:2006/3/22






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