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 2年に一度開催されるデルフィング国挙げての武闘大会は、1日目の個人戦を終え2日目の団体戦へと突入していた。
 1日目の個人戦は、誰もが予想していた通り王直属親衛隊隊長であるアークライトが圧倒的な強さでもって勝利を収める。その堂々たる優勝に紗霧も盛大な拍手を送った。
 しかし紗霧が心底驚いたのは、決勝でアークライトに負け2位となったセオドアである。セオドアの強さを知らなかった紗霧は、セオドアの活躍ぶりに目の前で起こった出来事が信じられないのか何度も瞬(まばた)いた。
 紗霧は時たま忘れるようだが、セオドアは親衛隊副隊長の地位にある。そのセオドアが強いというのも本来なら至極当然であった。
 2位というセオドアの健闘ぶりに、紗霧のセオドアを見る眼が変わったのはいうまでもない。


 2日目の今日も円形状の闘技場に人々は押し寄せ、その熱気が熱い日差しの中で更に周囲の温度を上げている。
 そんな中、紗霧とウィルフレッドは試合を観戦する為、人々より更に高い位置にあるバルコニーにいた。
 団体戦に出場する8チーム全ての隊が紗霧達のいるバルコニーを正面に一列に整列する。紗霧の目の前に並んだ隊は正式な行事のみ着用が許される隊服に身を包んでいた。正装である隊服にはそれぞれに色が与えられており、紫、赤、青、黄、白、黒、緑、橙と8色がある。

 紗霧とウィルフレッドがバルコニーに立ち姿を見せると、集まった人々から拍手と歓声が送られる。それは闘技場を揺るがさんばかりに盛大なものであった。そしてウィルフレッドが試合開始の口上を述べると、大会最後である団体戦の幕が開いた。


***


「アーク、そろそろ親衛隊の第一試合が始まるよ。行かなくてもいいの?」


 紗霧、ウィルフレッドと一緒になってバルコニーにいるアークライトに紗霧は声をかける。王直属親衛隊に与えられた紫色の隊服を着用しているアークライトは、普段の飄々とした姿が今日は何時もより凛々しく見えてくるから不思議だ。


「ん?あぁいいよ」

「何で?」

「セオドアが副隊長になってからは俺の出番が全くなくなったからね。今回も俺まで回ってこないと思うよ」


 嬉しいんだか、悲しいんだか、とアークライトは一人愚痴る。
 アークライトの言葉に紗霧は納得がいったのか何度も頷いた。


「そっか。セオドアさんって見かけによらず強いよな。昨日は本当に驚いた」

「見かけに、ってのは余計だよ」


 セオドアが浮かべる優しい笑顔によって、紗霧の中のセオドアは穏やかなイメージしか残さないのだろう。紗霧の言葉にアークライトは苦笑する。そんなアークライトを紗霧はジッと見つめた。その視線に気付いたアークライトは何?と無言で紗霧に問う。


「・・・グレイス隊って何色の隊服なの?」

「グレイス隊?あぁ、ほら。あっちに白い隊服が見えるでしょ」


アークライトの指差す方向を見ると確かに白い隊服が目に映る。


「あの色がグレイス隊」

「あれ、ね」


 ふ〜ん、と紗霧はグレイス隊の兵士を見た。紗霧の視線の先には5人の男性が紗霧達に背を向け、用意された控え室に向かうべく闘技場を後にする姿である。
 グレイス隊の後ろ姿を紗霧は闘技場から消えるまで視線を逸らさなかった。


「そうだサギリ。そろそろ賭けの締め切り時間が迫っているけど、どこかの隊に賭けた?」

「ん。グレイス隊にウィルから貰ったお金を全部賭けたよ」

「は??グレイス隊!?」


 アークライトは信じられないとばかりにすっとんきょうな声をあげた。傍で会話を聞いていたウィルフレッドも驚きに目を見張る。
 まさか紗霧が万年最下位の隊に賭けるとは思っていなかったようだ。


「そ、グレイス隊。今年は結構上まで行くと思うよ。アークもどう?」

「俺は石橋叩いて渡るタイプだからね。無難に自分の隊に賭けたよ。ウィルは?」

「私もアーク同様だ」

「あっそ」


 つまんないな、とばかりに溜息を吐いた紗霧は闘技場の中心で始まろうとしている試合に目を向ける。

 これから行われる団体戦は1チーム5人で構成される。
 隊の中でも選りすぐりの隊員が選出され、隊長を先頭に強い順から数少ない席を埋める慣わしだ。だが5番目の席には、隊に所属して2年以内の新人が埋めなければならないと規定されている。何故なら2年以内に入隊した新人の実力を見ることによって、この隊の将来の成長振りを計るという趣旨があるからだ。
 試合形式はまず、一番実力の劣る5番目の兵から順に始められる。勝ち抜き方式であり、負けが確定されるまで中央の闘技場に上がった者は次の者へと交代することは認められない。なのでアークライトの言う自分の出番はないと思う、という言い回しはこのような大会仕組みの為であった。
 個人戦同様、団体戦の勝敗もどちらか一方が敗北を認めるか、立ち会う審判がこれ以上対戦者が闘えるかどうかを判断する。

 武闘大会一番の見所である団体戦が、審判によって開始の合図がなされる。
 その第一試合は、王直属親衛隊と北方守護を任されるローデン隊の試合だった。


***


「ウィル、俺ちょっと気分悪い」


 試合が始まった直後、王妃の為にと用意された椅子に掛けていた紗霧は、そう言って目元を覆うと背凭れに凭れかかる。見ると紗霧の顔色は確かに何時もより血色が悪かった。
 突然体調を崩した紗霧の様子に慌てたのは、この場にいるウィルフレッドとアークライトである。


「それはいかん!アーク、医師を――!!」

「あぁ!」

「あ、いいよ!・・・ちょっと休んでれば良くなると思うし。リルと一緒に一度部屋へ戻るよ」

「ならば私も――」

「ううん!ウィルは試合を楽しんで。回復次第、直ぐ戻るから」


 紗霧は立ち上がるが、その足元は覚束無い。心配げな様子を見せるウィルフレッドとアークライトを残し、バルコニーの外で控えていたリルと共にこの場を後にした。


***


 自分の部屋へリルと共に戻った紗霧は寝台に沈む。ぐったりと横になった紗霧が心配になったリルは、急いで医師を呼ぶべく紗霧に声をかけた。


「サギリ様、ただ今お呼び致しますので」

「いいよリル。寝てれば治るし」

「ですが・・・」


 顔色の悪い紗霧にリルは不安で仕方がなった。心配するリルに紗霧は安心させるようにゆっくりと首を左右に振る。


「大丈夫。でも少し寝たいかも。だからリル、暫く部屋に入らないでほしいな」

「・・・解りました。では外に控えておりますので、何かありましたら直ぐにお呼びくださいませ」

「解った。おやすみ」

「おやすみなさいませサギリ様」


 部屋の扉を静かに閉め、出て行くリルの後ろ姿を紗霧は寝台の上から見届けた。完全に扉が閉まり、リルの気配が遠ざかるのをジッと待つ。リルの気配が遠くなったのを確認した紗霧は寝台から跳び上がるように起きた。紗霧のその行動は、まるで病人だとは思えないような素早さである。


「ごめん、リル」


 寝台から起き出した紗霧は、枕の下に隠しておいた服を取り出した。更にベッドの下からは、ヒールのない靴を取り出す。服と靴は、紗霧が1ヵ月かけて密かに入手した男物である。それらを手に入れる為の苦労といったら、思わず涙が滲み出そうなくらい大変だった。
 紗霧は着ていたドレスを乱暴に脱ぎ捨てるとその男物の服に素早く袖を通す。
 最後にベルトをきつく締め、靴を履き変えた紗霧は鏡の前に己の全身を映し出した。


「あ、鬘(かつら)を取るの忘れてた」


 頭部に両手を伸ばすとパチンパチンと地毛と鬘を留めていたピンを外し、右手で鬘を取る。鬘の下から現れたのは紗霧本来の黒髪だ。
 ウィルフレッドの妻となってから伸ばし始めた髪は、未だ肩に届かず中途半端な長さを保っていた。それを隠す為に紗霧はある程度の長さになるまではと鬘を着用しているのである。
 紗霧は襟足まで伸びた髪を後ろで一つに纏めると、鬘に結び付けられていたリボンで結ぶ。
 これでよし、っと鏡に映った己の姿を紗霧は満足げに見る。
 どこから見てもこれならデルフィング国の王妃などではなく、只の一少年だ。
 紗霧は鏡に映った姿にニンマリと笑みを浮かべた。
 視線を鏡から外した紗霧は、壁に目をやる。その視線の先にあるのは、細かな金の細工が施された細身の長剣だ。紗霧は飾られた剣を取る為に壁に近づくと、剣を壁から引き離し手にする。手にした剣は、紗霧の為にとウィルフレッドから贈られたものであった。細い刀身は紗霧の腕力でも軽々と振り回す事が出来るため紗霧が一番気に入っている剣である。
 自分の手に馴染んだ剣を手にした紗霧はそのまま窓辺に向かった。数歩の距離で到達した紗霧は、窓枠に手をかけると軽々と乗り越える。
 1階に設けられた部屋から見事な着地を見せた紗霧は、そのまま後ろを振り返ることなく真っ直ぐに闘技場へと駆けて行った。









                                            update:2006/3/20






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