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 王直属親衛隊のみが使用する事を許されている修練場は、今朝も剣を鋭く交える幾つかの音と人々の発する声が響く。
 皆がそれぞれ鍛錬を行っているその傍でこの国の王妃となってまだ日の浅い紗霧を交えて、王であるウィルフレッド、ウィルフレッドの従兄弟であり王直属親衛隊隊長でもあるアークライト、そして副隊長であるセオドアが休憩の合間で会話を楽しんでいた。


「何か珍しいね。ウィルが最近ここに出入りするなんて」


 汗を拭うウィルフレッドに毎日といってよい程修練場に遊びに来る紗霧が珍しそうに声をかける。
 王となってからは日々公務に追われているウィルフレッドが修練場より足が遠のいたのは仕方がなかった。だが、ここ暫くは修練場にあるウィルフレッドの姿を紗霧は不思議そうに見る。それだけでなく修練場に出入りし始めたウィルフレッドは、何故かアークライトやセオドアと一緒になって兵を指導しているのであった。
 その懐かしい光景に紗霧の顔は緩みっぱなしとなっている。


「あぁ、サギリは初めてか」

「何が?」


 ウィルフレッドは汗を拭い終えるとその布を肩にかける。そして己の最愛の妻となった紗霧に慈しむような眼差しを向けた。


「一ヵ月後にデルフィング国を挙げて開催される武闘大会の事だよ」


 紗霧の質問の答えを引き継いだアークライトも、たった今まで部下相手に剣を交えていた為に額から滴った汗を拭う。
 紗霧はウィルフレッドから視線を外し、アークライトを見上げた。


「デルフィング国挙げての武闘大会??何それ!?知らない!!」


 目を輝かせ紗霧はアークライトの方へと身を乗りだす。しかし、その紗霧の腕をウィルフレッドは軽く後ろへと引いた。行き成り後ろへと引っ張られた紗霧は何事かと思いウィルフレッドを見上げるが、そのウィルフレッドの視線は別の方向へと逸らされている。そんなウィルフレッドの行動に僅かながら戸惑いを見せた紗霧と、素知らぬ顔して視線を逸らすウィルフレッドを傍で見ていたアークライトとセオドアは苦笑した。


 アークライトのいうデルフィング挙げての武闘大会とは、200年前から続く少々歴史のある武闘大会である。武闘大会は2年に一度開催され、その盛り上がり様は毎回怪我人が多く出る事でも有名だった。
 大会では団体戦・個人戦とがあり、どちらの優勝者にも国から莫大な報奨金が与えられる。
 個人戦は自由参加で毎回100人程度の参加登録の申し出があり、団体戦ではデルフィング国に在る全ての8部隊が出場する。そのどちらも勝ち上がりトーナメント方式によって試合が行われる。
 団体戦では各々の隊が所属する隊の威信をかけて挑む為に、その苛烈さは観るものを興奮させた。その為、団体戦は大会一番の花形である。


「だからどの隊よりも優秀な人材を集めている王直属の親衛隊である俺達が本来負ける事は許されないんだ。ウィルもそれを解っているから、こうやって忙しい公務の間を縫って彼等の指導に参加しているんだよ」

「へぇ〜〜〜〜!その武闘大会、面白そう!!」

「駄目だ」

「駄目だよ」

「いけません」


 間を入れずにウィルフレッド、アークライト、セオドアが同時に声を発する。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・俺、まだ何も言ってないけど」


 真顔で自分を見る三人に、紗霧は渋い表情を見せた。そんな紗霧にウィルフレッドは溜息を吐く。


「サギリの事だ。言わなくても解る。『俺も出たい』とでも言うのだろう」

「そうそう。サギリは王妃となった今でもその自覚が全くないしね。絶対言うね」


 アークライトもウィルフレッドの言葉に同意するかのように何度も頷く。


「アークライト様の仰るとおりです。サギリ様、お願いですから怪我をなさるような事には手を出さないで下さい」


 更にセオドアまで同意するように頷かれる。そして三人は確認するかのように互いの視線を交えると、何度も頷いた。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ちっ」

「『ちっ』ではない。いいか、絶対に許さんぞ」


「・・・解った、出るなんて言わない」

「何だ。嫌にあっさりと解ってくれたものだな」


 素直に頷く紗霧にウィルフレッドは探る様な視線を向ける。アークライトとセオドアも紗霧の素直な言葉に驚きを隠せない。当然だ。紗霧はこれまで何度もウィルフレッドの忠告に従わず、自ら進んでトラブルに足を突っ込んできた。それに振り回され続けたウィルフレッドとアークライト、セオドアが紗霧の言葉を疑うのも仕方がなかった。
 紗霧は疑い深い三人に、仕方がないかと苦笑する。


「いい加減、俺だって王妃の自覚を持たないといけないということは解っているからね。そう毎回無茶な行動は起こさないから安心してよ」

「「「・・・・・・・・・・」」」

「・・・・・・なぁ、何でそこで三人共黙るんだよ。大丈夫だって!」


 紗霧が力強く拳を握り絞める。


「・・・あぁ」

「まぁ、サギリがそこまで言うんだったら」

「信じておりますよサギリ様」

「・・・・・・俺、信用ないんだな」


 ガックリと肩を落とした紗霧にアークライトは話を逸らすべく別の話題を慌てて持ち出した。


「出場する楽しみはサギリにないけど、この大会では団体戦でどの隊が優勝するかを予想して賭ける事が暗黙で認められているからね。どこかの隊に賭けて楽しむのもいいと思うよ」

「賭け、ねぇ」


 紗霧は興味なさげに呟く。
 この武闘大会では賭けが行われる事を正式ではないが、暗黙ながらも国は認めていた。何といっても歴代の王自らが賭けに参加して楽しんでいるのである。取り締まりなんぞした日には、王自身もそれに罰せられてしまうから黙秘されていた。
 賭けは国を挙げて開催される大会の為に動く金も当然ながら莫大だ。予想が当たり、分配された莫大な金によって一財産を儲ける者も当然ながら現れる。その為、開催回数を増す毎に動く金も増大する一方であった。


「前の大会で優勝した隊って何処?」


 あまり興味はないが、出場する楽しみがなくなった今となっては自分が賭けた隊を応援するのもいいかなと、紗霧は思案する。


「俺達ウィルの親衛隊だよ。大会が開催されてから200年、王直属の親衛隊が優勝を逃した事はないね」

「え??そうなの!?凄い!」


 紗霧の素直な賛辞に、アークライトとセオドアは照れたように顔を赤らめた。
 そんなアークライトとセオドアをウィルフレッドはチラリと睨むかのように鋭い視線を向ける。ウィルフレッドの射す様な視線を向けられた二人は誤魔化すかのように咳払いをした。
 その様なやり取りに全く気付かない紗霧は、嬉々として話を進める。


「だったら勝ったことない隊とかあったりして〜」

「あるな」


 冗談で言った言葉にウィルフレッドは真顔で頷いた。予想外のその言葉に紗霧は目を見開く。


「えぇ!?あるの??」

「あるある。確か・・・あ〜〜、グレイス隊だね」

「グレイス隊!!!!!?????」


 アークライトの言葉に信じられないとでもいうかの様に紗霧は更に大きく目を見開いた。
 グレイス隊といっても、実際に紗霧の養父として世間に知られているグレイス公爵自身が指揮する隊ではない。
 そもそもグレイス公爵が5大貴族としての称号を与えられたのは、遥か昔、このデルフィング国の建国時に立ち上がった指導者に尽力した一族の一つであったからである。王となった指導者がその活躍に感謝の意を示し、それらの一族に5大貴族としての称号を与えた。更にその後、国を護る為に結成された8部隊の内、東西南北、そして中央を守護する隊にはその功績を讃える意味で5大貴族の名が用いられたのである。
 残る3部隊は王を守護する親衛隊・市民を守護する王都警備隊、僅かな人数であるが王妃である紗霧の親衛隊を併せた8部隊でこの国の部隊は結成されていた。


「そうだな。グレイス隊は、この大会が開催されて今年で200年目となるが優勝は愚か一度も勝ち進んだ事がないと聞いている。一人一人の能力は高い者が揃ってはいるが・・・」

「俺もそれ聞いたことある。団体戦となるとグレイス隊の隊長でも他の隊の隊長に勝った例はないってね」

「ふ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん・・・・グレイス隊って弱いんだ」

「サギリには残念な事だけどね」


 紗霧の背後に立ち込めた暗雲に気付かないアークライトは紗霧を気の毒そうに見る。
 セオドアは慌ててフォローを入れるかのように言葉を付け足した。

「ですが個人戦となりますと、グレイス隊の隊長殿は上位16には入りますよ」

「あ、ちなみに1位は俺ね。・・・・・・・・・・・って、聞いてるサギリ??」

「・・・ん??あ、ゴメン全く聞いてなかった」


 あははは〜、と笑う紗霧にアークライトはガックリと肩を落とす。アークライトは目の端に涙を溜め、恨めしげに紗霧を見た。


「サギリぃ〜〜〜」

「あははははは〜。あ、俺ちょっと用事思い出したから帰る!んじゃ、皆頑張ってね〜」


 唐突に何かを思い出したらしい紗霧は会話を終わらせると、この場を立ち去るべく三人に背を向け駆けて行く。
 紗霧の突然の行動に疑問符を浮かべた三人は、紗霧の背が視界から消えるまで見送っていた。









                                            update:2006/3/19






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