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ウィルフレッドの突然の告白に紗霧は思考が停止する。
呆気に取られながらも自分の目線より上にあるウィルフレッドの顔を見上げるが、そこにある誰もが見惚れてしまう顔は紗霧と同様に何故か驚いたような表情を見せていた。
突然の告白に動揺しているのは、どうやら紗霧だけではなかったらしい。
「ウィル?」
恐る恐る顔を覗き込んだ紗霧に対し、ウィルフレッドは迷いながらも何度か口を開きかけては何か言葉を発しようとする。
だが何も出てこない。
ウィルフレッドは一度瞳を閉じて口元をギュっと結んだ。そして再び開いた瞳からは迷いが断ち切られ、今度は強い意思でもって口を開く。
「シュリアを愛している」
紗霧と正面から対峙し、強い光が宿った瞳で愛を囁くウィルフレッドの言葉に、やはり聞き違いではなかったのだと動きの鈍くなった頭で他人事のように紗霧は理解した。
『からかっているのか?』
男の自分に対するウィルフレッドの告白に当然ながらそう思った。だが次の瞬間に、今の自分は『シュリアという名の女の子』という立場にいる事に気付いて、そのややこしさに眩暈がする。
「えっと、ウィル・・・俺・・・」
「愛している」
そう強い口調で告げると、再びウィルフレッドは紗霧を腕の中に抱き締める。抱き締められたその腕の力強さに紗霧は思わず息を呑んだ。
「あ・・・」
ウィルフレッドは抱き締めた紗霧の肩に額を乗せるとそのまま身動き一つしない。ウィルフレッドとの距離の近さを意識してしまい、紗霧の顔は瞬時に赤く染まった。そして心臓は、100メートルの距離を全速力で駆けたように激しく拍動する。
先程と今とでは大分状況が異なる。ウィルフレッドを意識しない筈がなかった。
(―――って『あ』、じゃないだろ〜〜〜!!何で俺ってば抵抗しないんだよぉぉ〜〜〜)
今までの紗霧ならば、自分の意思を無視して抱きついてきた男共は容赦なくその腕前でもって投げ飛ばしてきた。仕出かした行為を十分後悔させる様、徹底的に相手を伸した事もある。
だが今の自分はどうだ。
顔を赤く染め、訳の解らない胸の高鳴りに混乱しながらも大人しくウィルフレッドの腕の中に収まっている。
(そ、そう!きっと、こんなに真剣に告白されたのは初めてだから、単に邪険に出来ないだけだよな!?―――ででででで、でもこの状況、ど〜しよ〜〜〜〜〜!!!!!!!!!)
好意を寄せられて嬉しくないはずはない。紗霧もウィルフレッドの事は好きだ。
だがそれは、今まで妹しかいなかった紗霧にとってウィルフレッドは『兄』的存在であって当然ながら恋愛では、ない。言わばウィルフレッドは、唯一、自分の全てを預けても大丈夫だと安心出来る相手だと思っている。
抱き締められたこの状況に『あ〜、う〜』と唸る紗霧を見て、ウィルフレッドはその眼を切なそうに細めた。
「すまない・・・、突然の事で驚いただろう」
未だ顔を赤らめながらも無言で何度も頷く紗霧をウィルフレッドは腕の中から解放した。紗霧が驚くなんて言葉で済ませないほど混乱したなんてウィルフレッドは知る由もない。
「・・・今、その答えを問わない。だが、私がシュリアに対する想いは決して軽い気持ちではないという事だけは心に留めて欲しいのだ」
寧ろ軽い気持ちの方が良かった、と紗霧は困ったように顔を曇らす。
そんな紗霧の表情に気付いたウィルフレッドは、紗霧に向かって手を伸ばすと前髪をフワリと掻き上げ、現れた額に軽く口付けを落とした。
「そう辛そうな表情をしないでくれ」
「ウィル・・・」
目を和らげて苦笑するウィルフレッドに、紗霧は唇を噛締めた。
ウィルフレッドの真剣な告白に対する返事は最初から決まっている。
この世界の住人ではない上に、ウィルフレッドに対して紗霧は正体を偽っている。そして最大の問題は、本当は自分が男という事実だ。
ウィルフレッドのひたむきな想いに対して、決して答える事が出来ない紗霧は涙が込み上げてくるのを必死で耐える。そんな顔を見られまいと咄嗟に俯いた紗霧の両頬に、ウィルフレッドは手を添えると優しく持ち上げた。
「私はシュリアの気持ちに構わず事を進める事は出来る」
「?」
ウィルフレッドは何を言っているのだろう。
紗霧は顔に添えられたウィルフレッドの手を零れた一筋の涙で濡らす。
「だが、それでは意味がないのだ」
「?????何言って―――」
「・・・夜も大分更けた。―――怪我をしたのだ、今夜は静養した方がいい。私はこれで失礼するよ」
言葉の意味を再度問い掛けた紗霧に、ウィルフレッドは答えず紗霧に就寝を促した。
「え?う、うん」
問いをはぐらかせたウィルフレッドだが、紗霧も又、再び話が戻っては困るという事に気付いてそのままコクリと頷く。
紗霧の顔から手を下ろしたウィルフレッドは、最後に紗霧の右手をギュっと握ると戸惑う紗霧に背を向けて部屋の扉へと近づいた。そして扉の取っ手に手をかけて部屋から出て行く寸前に紗霧を振り返る。
そこには何時もウィルフレッドが浮かべる笑顔があり、紗霧に優しく向けられていた。
「では・・・ゆっくりと休めシュリア」
「・・・ん。お休みなさい、ウィル」
扉が閉まる寸前にウィルフレッドが僅かに見せた瞳が、どこか憂いを帯びていたという事に紗霧は敢えて気付かない振りをしていた。
update:2006/5/21