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「俺が挑戦する!」


 中心を円で囲んだ群衆の中から紗霧は一歩進み出た。紗霧のその瞳は、挑むかの様にただひたすらウィルフレッドだけを見据える。
 紗霧のその行動に驚いたのウィルフレッドだけではない。先程までウィルフレッドに声援を送っていた兵士達も、突然輪の中から進み出た少女の発言に驚愕に目を見開いた。紗霧がウィルフレッドの立つ円の中心に向かって歩き出すその様を、誰一人言葉を発する事なく呆然と見守る。静まり返った周囲の様子に、紗霧は全く気付かなかった。


「もちろん受けてくれるよな」


 挑発的に微笑む紗霧に、呆気に取られていたウィルフレッドは我に返る。そして自分の前に立った紗霧に怪訝な視線を送った。


「本気で言っているのか?」

「当然」

「なるほど。・・・・・・いいだろう。あれが素人技ではないと感じていたからな」

「??」

「見事な撃退だったぞ」

「はぁ?・・・・・・・・ハッ!?」


 忘れもしない。初めてウィルフレッドと出合う原因となったあの誘拐未遂事件。
 それをこの場で含む言い方をしたウィルフレッドの台詞に、紗霧の額に青筋が一つ浮ぶ。


「くっ!(自分の胸の内に留めとくって言ったのはどの口だよ!!??)・・・ま、まぁいいや。んで、この試合のルールは?」

「どちらかが地に膝を着くか、降参を宣言するまでだ」

「ふ〜ん。んじゃ、俺にもそれ貸して」


 紗霧がそれと指差したのはウィルフレッドが手にしている木剣だ。
 ウィルフレッドは頷くと、周囲に目配せ合図する。すると男が一人進み出て紗霧に木剣を手渡した。紗霧は木剣を右手に取ると、その手に馴染ませるかのように何度も握り締め掌の感触を確かめる。


「よし」


 ようやく掌に馴染んだのだろう、紗霧は向けていた視線を掌から外し顔を上げた。


「何時でもいいよ」

「悪いが手加減はしないぞ、シュリア嬢」

「ざけんな、当たり前だ。ん?シュリア??」


 ・・・・―――って、ああぁぁぁぁあぁああぁ!!!!
 内心、大声で叫んだ紗霧は反射的に己の姿を見下ろす。紗霧のその目に映るのは今朝リルが選んでくれた桜色の鮮やかなドレスだ。そして己がドレスを着用しているという事は、頭には本来の紗霧の髪ではない鬘も当然ながら被っている。紗霧は確かめるように胸にかかる髪の一房を恐る恐る手に取ると、それを軽く引っ張った。


(い、痛い!ヤバイ!ヤバイヤバイヤバイヤバイ!!!!!!!すっかり自分の立場を忘れてたぁぁぁ!!!!!!!!!!!)


 鬘が簡単にズレ落ちない為にと、鬘と地毛とを強くピンで留めている。その為に偽物の髪でも、引っ張ると当然ながら本来の髪まで引っ張られて痛い。


(俺のアホ〜〜〜!!!!何でこんな大事な事をスッパリと忘れるんだよぉぉぉ〜〜!!どうすんだよ、コレ!?ってか、どうしよう!?)


 ぎゃぁぁぁぁぁぁ〜〜〜ッス!!!!
 紗霧は木剣を手にしていない反対側の手で頭を抑えるとその場にしゃがみ込む。
 その紗霧の突然の行動をウィルフレッドは訝しに見た。


「どうしたシュリア嬢。怖気ついたか?」

「ッんな訳あるか!!〜〜〜〜って、だから俺の馬鹿ぁぁ〜〜」


 左手で拳をつくるとザッと立ち上がって叫ぶ。だがウィルフレッドの挑発に容易に乗ってしまった紗霧は己の単純さに流石に涙が出てくる。


(〜〜〜〜っぐぅぅぅ!でででで、でも、もうどうしようもないよな!?堂々と挑戦を投げ付けてしまったし!それに今から取り繕っても既に遅しってやつだよ〜〜。××ったれ!!後の事は後で考えてやる!!)


「あぁぁぁああぁ、もう!!覚悟は決めた!!!!さぁ、どっからでも―――」

「いけません!危険です!!お止めくださいシュリア様!」


 覚悟を決め紗霧が木剣を構えた瞬間何者かが目の前に立ち塞がった。紗霧は己の邪魔をするかのように目の前に立ち塞がった者の顔を睨むかのように見上げる。だが、両手を広げその場に立っていたのはセオドアだった。紗霧は驚きのあまり我に返る。


「セオドア殿!?」


 そ、そういえばスッカリ忘れてた。あはは〜・・・。
 紗霧の記憶の中で最後にセオドアと一緒に居たという記憶は、ここが修練場だと教えてもらったところまでだ。その後は夢遊病のようにフラフラとこの場まで誘われて辿り着いた為、セオドアの事など綺麗サッパリと頭の中から抜け落ちていた。
 どうやらセオドアは紗霧が輪の中心へ進み出たのに気付いてあの分厚い兵士共の壁を必死で割って入り、今しがた紗霧達の立つ中心へと辿り着いたらしい。それが至極大変だった事は、セオドアのそのボロボロになった兵士服が物語る。


「さぁ、シュリア様。その様な物を持っていますと怪我をなさいます。その木剣はわたくしに―――」

「セオドア殿」


 木剣を受け取るべくゆっくりと掌を向けながら近づいてくるセオドアに、紗霧はフワリと花が咲き誇るかのように微笑んだ。


「は、はい!?」

「邪魔」

「はうっ!?」


 綺麗な微笑を浮かべた表情で口から飛び出したその言葉に、セオドアの受けたダメージは計り知れない。硬直して動けないセオドアの横を紗霧はスッと通り抜ける。
 シュリアだという事をスッカリ忘れてしまい、その事に気づいた時には既に剣を交える時に必要な冷静さを失っていた紗霧だがセオドアの突然の出現によって己の精神を静める事に成功する。
 力も程よく抜け、そして今度こそウィルフレッドに対峙すると木剣を構えた。


「さぁ、相手になってもらうよ」


 腹を括った紗霧に迷いはない。
 紗霧はウィルフレッドに向かってそう不敵に微笑んだ。









                                            update:2006/2/26






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