――――21
「せ、セオドア殿!?」
「え?―――あ、シュリア様?何故この様な場所に??」
「うぇ??あ〜・・・」
「ご加減が悪いとお聞きしましたが」
まさかセオドアの耳まで届いていると知らず、紗霧は一瞬言葉に詰まる。
(何でセオドアさんにまでそんな話が回ってんだよ〜〜!!??)
あはは、っと紗霧は一瞬言葉に詰まってしまった事を笑って誤魔化した。
「じ、実は、少々体調が良くなったようなので新鮮な空気を吸いに散歩に出たのです。
ですがつい調子に乗ってしまい気の赴くまま進んだのはよいのですが道に迷ってしまって・・・」
「ああ、成る程。ですがこの様な人気の無い場所をお一人で歩いていたのでは危険です。
僭越ながらもわたくしが部屋までお送り致しましょう」
紗霧が表情を曇らせて訳を語るその姿に、セオドアはすっかり騙される。
それどころか親切にも紗霧を部屋まで送ってくれるというのだ。紗霧はホッと安心して息を吐く。
「よろしいのですか?」
「もちろんです」
よっしゃ!と内心ガッツポーズを決めたのは言うまでもない。
だがそこで、ふっと紗霧は思考する。
ここまで来るのに紗霧は城内をかなり歩いた。
時間でいうと軽く1時間は超えるだろう。セオドアが部屋まで送ってくれるのは紗霧にとっては大助かりだが、
それではセオドアが紗霧を送った後の往復の時間がかなりかかってしまうということを心配する。
「でもセオドア殿。どちらかへ向かわれる途中だったのでは?」
「はい。修練場へ向かう途中で――」
「修練場!?」
「あ、は、はい」
身を乗り出した紗霧に驚き、セオドアは後ろに軽く仰け反った。
「セオドア殿。わたくしもご一緒させて頂きませんか?」
何と、修練場だって!!3日間も閉じ篭っていた俺にとって何て魅力的な場所なんだ〜〜!
何が何でも行くべきだよな!?・・・もし駄目なんて事言っても絶っっっ対に後をつけてやる!!
セオドアの予想外の返事に紗霧は必死で興奮を押し殺す。だが、身体は素直なのか掌に汗が滲んだ。
「えぇ!?あの用な所はシュリア様が訪れるような場所では――」
「そんな事はないです!!本当に全然!!!!ね?お願い?」
今や恒例となった秘儀だ。セオドアに連れて行ってもらう為に、今回はもちろん被る猫も気合を入れて通常の倍を上乗せする。
女性であるリルにもコレは通用したのだ。さらに気合を入れた今回はセオドアにも――。
「あうっ。・・・わ、解りました。ですが少しだけですよ」
「本当ですか!?」
通じた。
よっしゃ!!っと小さく呟いた紗霧の瞳は眩しいばかりに輝いている。
やばい、これって癖になりそう〜。
ふふふふ〜、と笑顔を振り撒く紗霧にセオドアは顔を赤らめた。
「セオドア殿!ほら、早く!!」
「えぇ??!!はははは、はい!」
紗霧はセオドアの腕を取るとセオドアを引き摺るようにして歩き出す。
言葉使いが元に戻っている事に気付かない程、紗霧は興奮を隠せなかった。
***
セオドアの腕を取って歩き始めたのはいいが、思い返すと場所を知らない。
その事をセオドアに言うと、苦笑しながらも先頭に立って案内してくれる。
紗霧は己の取った行動に顔を赤らめつつもセオドアの背中について行った。
セオドアの後をついて暫く歩いていると、同じような建物ばかりだった周囲の景色がガラリと変化する。
建物の郡を抜けると、辺り一面の景色が随分と殺伐なものへとなった。
そこは歴史を感じるような建物などではなく、
素っ気無い印象を受ける建造物がチラホラと見受けられる。
紗霧の視界に見えるのは建物だけでなく、ここが修練場なのだろうと思われる確かなものまで目に映り始めた。
「シュリア様。ここら一帯は私共王子直属親衛隊の専用修練場となっております」
こちらです、とセオドアが指した辺りは学校の運動場のように土が剥き出しになっている広場や弓の的が置かれている広場等、
明らかに己の体術を高めるような場所ばかりだ。
(専用修練場なんてものがあるなんて、親衛隊ってのは凄いな〜。
それにセオドアさんって王子直属の親衛隊だとさ。それってやっぱり群を抜いて強いんだよな?・・・・・・・・・・見えない)
ポワっと呑気に微笑むセオドアを見て、紗霧は疑問符をいくつも浮かべる。
セオドアから視線を外し、紗霧は目の前に広がる施設に感心する。
しかしながら、そのように専用修練場があるのは王子直属の親衛隊又は王直属親衛隊のみだ。
他の全ての隊はここより少々大きめだが一つの修練場しか与えられていない。
セオドア達が特別待遇を受けているという事はちろん紗霧は知らなかった。
だが、修練場というには誰一人とこの場所には見当たらない。
セオドアの顔を見上げると、セオドアは紗霧の言わんとする事が解ったようだ。
「今日は模擬試合が行われる日ですから、皆広場に集まっているのでしょう」
セオドアが言うように、確かに遠くから複数の男達の声が微かに聞こえる。
それは怒声だったり声援だったりと何か興奮した様子だ。
そんな声援に紗霧も血が騒ぐのを隠しきれない。フラフラとセオドアを置いて紗霧は声のする方角へと足が向いた。
「シュリア様?」
セオドアの声が聞こえてないのか、紗霧は返事をする事なく独りでに歩き出す。
その紗霧の尋常ではない様子にセオドアは焦せった。
「お、お待ちください!」
何かに誘われるように歩き出す紗霧の後をセオドアは慌てて追いかけた。
***
「見えた!」
広場に集まっているのだろうと言ったセオドアの言葉通りに、その広場は中心を円で囲った男たちが騒いでいた。
円の中心では模擬試合が行われるのだろう。
紗霧は様子を見ようと見上げるほど高い男達の間を縫うようにして、何とか前列へと出た。
セオドアはそんな人々の輪に入り込んだ紗霧を見失ってしまうが、紗霧は気付かない。
輪の前列に出て中心を見ると、そこには紗霧の天敵(自称)であるウィルフレッドが兵士5人を相手に剣を交えているではないか。
ウィルフレッドのその手に持っているのは木剣だ。激しく打ち合っている所為か、
木剣からは鋭い音が聞こえる。木剣とはいえども身体に直接当たったら痛い。
紗霧は過去に受けた事のある痛みを思い出して顔を顰める。
実は、幼い頃から護身の為にと妹に付き合わされて紗霧は武道を習得してきた。
途中でリタイアした妹だが紗霧は己を鍛えるということに魅力を感じ、
高校に上がった今でも時間を見つけては道場に通うようにしていたのだ。
そんな紗霧だからこそ、木剣を受けたときのダメージは容易に想像がつく。
「うぅぅぅ〜〜、痛いぞあれ」
顔を顰めた紗霧だが、
ウィルフレッドが負ける瞬間を是非ともこの目で納めようと顔を背ける事はなく人の輪の中に混じって様子を見守る。
だが紗霧の予想と違い、一人また一人とウィルフレッドの前で次々と兵士が倒れていく。
「う・・・そ、もしかしてウィルって奴、かなり強い?」
対戦している5人の男達が腕の劣る者ではないことは、
素人ではない紗霧の目から見るとはっきりと解る。
しかしウィルフレッドは5人の男達を相手に余裕で剣を振るい相手を薙ぎ倒して行く。
その度に周囲からは歓声が上がり、今では自分の声も聞こえない程にまでこの場は興奮に包まれた。
「これで終わりだ」
ウィルフレッドが言うと同時に最後の一人も他の者と同様に地面に倒れる。
その瞬間、正に地を揺るがさんばかりの歓声が辺りを包んだ。
「う、そだろ・・・」
目の前で繰り広げられた試合に、
紗霧は己の中に確固として存在する『武道家としてのプライド』がウィルフレッドの戦い様を見て、
一気に沸騰するかのように熱くなった。
(俺もウィルと手合わせしたい)
そんな思いのみが紗霧の頭の中を支配する。無意識に両手をきつく握り締めたため、爪が掌に喰い込んだ。
「他に私に挑む者は居ないのか?複数でも構わんぞ」
木剣を肩に担ぎウィルフレッドは己を囲む円を見渡す。
そんな挑発するかのような視線を周囲に投げかけるが、
しかしながら誰一人としてその場を動こうとはしない。
先程の様子を見て皆、怖気づいたのだろう。
ならば―――
「俺が挑戦する!」
紗霧は手を挙げ、輪の中から一歩踏み出した。
update:2006/2/23