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 『王座の間』での謁見が終わり、紗霧達は場所を移して『英雄の間』にて行われている朝食会に参加していた。
 ウィルフレッドに扮したアークライトを交えた朝食会は笑いが絶えず、この場は万事滞りなく進んでいる。
 彼女等は自分を最大限アピールするために各々が得意分野とする政治に経済、外交に留まらず、会話は思想や歴史にまで及んだ。 紗霧はそれをシアナから教えられた最低基礎知識を元に何とかやり過ごすが、唯一つ問題なのは―――。




「なるほど。イザベル殿はその様に解釈するんだね。ならシュリア殿、君は彼の人が取った行動は愚かだと思う?」


 と、必ずアークライトは話の話題を紗霧に振る。 アークライトが話を振る度に紗霧には4人の女性から嫉妬の視線が矢のように刺さった。


(・・・・・・・頼むから、俺に話を振らないで放っておいてくれよ)


 思わず咀嚼していたパンの塊をゴキュと飲み込む。 眉が微かにピクリと動いたが、紗霧は顔を上げ、アークライトに頬の筋肉を痙攣させながらも笑顔を向ける。
 さて・・・、どう答えたものだろうか。
 紗霧はシアナから聞きかじった事を思い出し、それらの質問を『こんなんでいいのかな?』と冷や汗ながらも適当に答える。


 アークライトの行動はそれだけでは留まらない。
 朝食後に紗霧等を連れて散策に出た時だ。 アークライト自らが紗霧達を伴って城の庭園に足を踏み入れた時ほど、紗霧は気が遠くなりかけた時はなかった。


「シュリア殿、こっちへ。この庭園は城の中ではちょっとした自慢の場所でね――」


 庭園の入り口に立ったと同時にアークライトは紗霧の右手を当然の如くスッと取る。 紗霧がその行動に呆気に取られている間に紗霧以外の女性を残しアークライトは庭園の中へと紗霧をエスコートしだした。


「あ、あの」

「ん?」


 アークライトが見せる爽やかな笑顔に紗霧は何も言えなくなる。右手を取られたまま紗霧は俯いた。


「いえ・・・」


 何で・・・、何で俺に構うんだよぉぉぉ〜〜!!
 紗霧の背中に刺さる女性達の視線は嫉妬などという可愛いものではなく、今や憎悪の視線へと化していた。


(そんなに睨まなくてもっ!俺の所為か!?寧ろ俺を放って置いてほしいと思ってんだよぉぉぉ〜〜!!)


 俯いたままの紗霧は唇を噛締める。
 紗霧に刺さる憎悪の視線は、昼食前に女性陣の衣装直しとかいう名目で一度解散するまで降り注いだ。





***





「リル、俺もうキレそう・・・」

「えぇ!?何か問題でもございましたか??」

「あった。抱えきれないほど大きな問題がね」


 衣装を替えるために部屋へ戻った紗霧だったが、そのままスプリングがきいたソファに深く沈み込むと目元を覆い溜息を吐いた。 行儀悪くドレスのスカートを膝丈まであげるとそのまま結び足を露わにする。 何時ものリルだったら紗霧のその行動に対して注意を促すが、疲れきった様子を見せる今の紗霧を見てリルは口を噤んだ。


「・・・・・・・・・俺って何かアイツに気に入られるような事したか??なぁ、どうよ。 確かに一度アイツの視線から目を逸らしたさ。 だけど、たったそれだけだろ?そんなんで、俺はこんな目に合わないといけないっていうのか?? 普通そんな事されたら俺を避けるだろ。 何か?アイツはマゾなのか??それとも『俺にそんな態度を取るなんて許せん』とかいうそういうノリか??」


 目元を覆いソファに沈み込んだ姿のまま、紗霧は小声で悪態を吐く。
 いつもならその様子の紗霧を見て一歩引くリルだが、 今回は紗霧の目元が覆い隠されている分だけ受ける恐ろしさは半減している所為か恐る恐る紗霧に近づいた。


「さ、サギリ様??」

「ちっ。どんなにムカついてもこの後の昼食会に出なければならないし。そもそも定めなんてものが・・・、―――ん??」


 実は『王座の間』での謁見中、紗霧達はアークライトに厳重に守らなければならない約束事をさせられていた。それは、
@外部と連絡を取ってはならない事。
 これは、過去に妃候補者の一人を亡き者にせんとする他の妃候補者が、 己の身内と連絡を取り合って危うく他の妃候補者に対し殺害計画を実行しようとした所為である。

A妃候補者は、互いの部屋に出入りしない事。
 妃候補者の部屋への入室は、王子以外は男子禁制だ。 妃候補同士、部屋の中で何かしらトラブルがあった場合にはすぐさま衛兵が駆けつけることが出来ない所為である。

B王子の暮らす棟へ足を踏み入れてはならない。
 愚かにも王子を暗殺しようとした妃候補が過去にいたらしい。 それ以来、妃候補者といえども王子の住む棟へ足を踏み入れる事は即『死』を意味する。

 たった3つの約束事だが、意外にこれが妃候補者達の身を守る為には最大限に発揮される定めであった。 しかしながら、これらの約束事を破れば妃候補者としての名誉は剥奪。城からすぐさま追い出される事となる。 又それだけでなく、己の家名のランクでさえ落とされるという厳しい沙汰が下るそうだ。


「・・・・・・・・・・あっ!!!!!!―――ふふふふふっ、リ〜ル〜」

「は、はい!なんでしょうか」


 紗霧は突然何かを思いついたのか、悪巧みを考えている者らしい意地悪な笑みを浮かべる。 押さえ切れない笑いを噛み殺し、むふふ、と笑みを湛える口元を押さえた。


「俺、気分悪いんだ」


 気分が悪いという紗霧だが、その顔色はピンク色に染まり爽やかな笑顔さえ浮かべていた。
 リル以外の者なら迷わずその言葉は偽りだと見抜くだろう。だがリルはそうではなかった。


「えぇぇぇ!!??たたたた大変です!どの様に具合が悪いのですか!? あぁぁ、そんな所にお座りになるのではなく今直ぐベッドへお入りください。直ぐにお医者様をお呼び致しますから!」

「ちょ、ちょっと待って!違うよリル!!」


 動揺しながら慌てて部屋から出て行こうとするリルの手を掴み紗霧は止める。 誰が見たって健康そのものの紗霧の言葉を信じ、リルはあろうことか医者を呼びに行くという。 医者に掛かれば紗霧が男だと知られる事になるという事実はスッパリとリルの頭から抜け落ちていた。


「サギリ様!何を悠長な事を仰っているのですか??一刻も早くお医者様に診ていただかなくては―――」

「俺は元気だから!」

「えぇ!?ですが先程ご加減が優れないと・・・」

「すこぶる体調は良いよ!!」

「??」


 危なかった、と紗霧は思わず出た冷や汗を拭う。
 医者なんかに見せたら男だってバレるじゃん!心配してくれるのは嬉しいけど知られたらヤバイんだって。
 ホッと息を吐き、リルに説明すべく紗霧は言葉を探す。


「えっと・・・要するに、俺は慣れないここでの生活で体調を崩した。そう王子に伝えるの。 つまり仮病を使ってこれから全ての行事を欠席しちゃおうって事なんだよね」

「え??」

「そもそも考えてみたら俺が男だってバレない内は、 このデルフィング城へ来た時点でグレイスさん達への危険は取り合えず無くなった訳で。 んでもって、城へ来る事は義務であっても王子の元へ行くっていうのは義務ではないらしいし。 という事は、俺が王子の元へ行こうが行かないこうが何らかの罰則は受ける事は無いんだよね」

「・・・・・た、確かにそうですが・・・」


 歴代の妃候補者の中で、王子との親交を深めるために行われる数々のイベントをボイコットする者が居なかったからこそ、 その様な罰則は出来なかった。
 妃候補の一人がそれらのイベントを辞退するなんて、最早それは常軌を逸した行動と取られることなのだ。


「ね?ね?だから俺は体調を崩したって事にして、これからの行事の出席を全て拒否すれば万事解決するわけよ。 ど〜〜しても出なければならないのはもちろん出るけどね。 ん〜〜〜俺ってば天才!!」

「い、言われてみますと・・・」


 俯き考え込むリルだが、紗霧の言う事は単純な事だが理に適っているため納得せずにはいられない。


「だからリル。お願い!俺は体調が悪いって事にして」

「解りました。そうお伝え致しましょう」


 紗霧の提案に意外にあっさりと頷くと、リルは紗霧の体調が優れないという事を伝える為に早速部屋から出て行く。 その後姿を見送った紗霧は病人というにはあまりに似つかわしくなく、その場で小躍りさえしていた。









                                            update:2006/2/19






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