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 『王座の間』へと続く扉の前に立った紗霧の心臓は、今や口から飛び出そうなほど激しく拍動していた。 軽い呼吸困難にも陥ってしまい紗霧は少し混乱する。 そんな自分を落ち着かせようと右手で服の上から心臓辺りを押さえ、身体に酸素を取り入れるべく大きく深呼吸を繰り返す。
 そんな紗霧に構わず、 デルフィング国の紋様である薔薇の彫刻が施された巨大な扉は紗霧達を招き入れるべくゆっくりと外開きに開き始めた。





***





(・・・・・・・・・・・・マヂデ????)


 4人の女性と共に『王座の間』へと進み出ると、金で造られた室内が紗霧の目に飛び込んできた。 全て金造りかと思ったが、よく見ると所々で赤や青の色がその金一色の部屋に色をもたらしている。
 しかし部屋に使用されている色は僅かで壁はもちろんの事、 柱や床、天井とそしてその天井から下がる巨大なシャンデリアも全て金だ。 壁に施された壁画も金で彩られており、 まるでこの国がどれだけ莫大な財力を保有する国なのか見せつけるかのように訪れた者達を圧倒する。
 紗霧は周囲のあまりの煌びやかさに目を奪われた。 デルフィング城を初めて目の前にした時のように間抜けにも口をポカンと開けることはなかったが、 それでもその場に呆然と立ち尽くしてしまう。


「ちょっと、貴方!王子の御前ですわよ」

「え?・・・・・・あっ」


 しまった!ここがどこだかスッカリ忘れてた!!
 横から紗霧に小声で話しかけた女性の方を向くと、 彼女はドレスを軽く摘まみあげ僅かに頭を下げるという女性式の礼をとっていた。 慌てて紗霧も彼女に倣いドレスを軽く摘まむと同じように礼をとる。


(あ〜〜〜〜俺の馬鹿!間抜け!!何しにここに来てるか解ってるだろ!!!!)


 己の状況を思い出して紗霧は自分を諌める。
 紗霧は礼をとるが、すぐさま頭上から声が下りてきた。


「皆、顔を上げてくれ」


 王座があるであろう方角から澄んだ声がかかる。若い男性の声だ。何てことのない言葉だがそれは不思議と広い広間に甘く響き渡る。
 紗霧はゆっくりと顔を上げると王座を見た。
 そこには淡い金の髪を後ろに撫でつけた男が、頬杖をついて紗霧達が立つ位置より高い場所に置かれた王座の上から紗霧達を見下ろす。


(ぐっ・・・、この王子も格好良い・・・。ムカツクっ)


 ウィルって男も美形だったけど、この王子はどちらかというと色男っていうのかな。
 女性受けをする甘いマスク。 紗霧達を見るその薄い青色の瞳は愉快そうに細められ、それが何だか親しみを感じやすい雰囲気へと変えていた。
 頬杖をついた仕草が文句なしに型に嵌っているものだから、男である紗霧とて思わず彼に見とれてしまう。
 王子であるウィルフレッドに扮したアークライトを穴が開くほどに直視していた紗霧だが、ふとその視線が自分に向けられている事に気付いた。


(ん?・・・何か俺の方をジッと見ているような・・・気のせいか??)


 首を左右に振って周囲を見る。そして再びアークライトの方を見た紗霧の瞳は、 バチッと音が聞こえそうな程に彼と視線がしっかりとぶつかった。 アークライトは紗霧と視線が合った瞬間、正しくニッコリという表現が当てはまるような笑顔を向ける。


(げっ!き、気のせいじゃないぃぃ)


 紗霧は反射的に顔を逸らしてしまった。行動を起こして『しまった』と思ったが既に遅い。
 不自然に逸らした紗霧の行動を不信に思われていないかとそっとアークライトを見るが、 今度はその視線が紗霧と交わる事はなかった。 その表情が特に不信感を持った様子には見えなかったので紗霧はホッと胸を撫で下ろす。


(??何だったんだ、今の)


 特に何事も無かったかの様にその場は進行し始めたので、今度こそ紗霧も何かミスをしないように気を引き締めた。






***






(これは・・・。又派手な一団だな)


 『王座の間』へと入室した女性陣の格好にアークライトは苦笑を洩らす。
 いくらなんでもこんなに派手ではなぁ、と目を細め彼女達の一人一人を見た。


(あぁ、でも一人だけ好感が持てる子が。 ―――ん?あの珍しい髪色・・・、確かグレイス公爵と同じもの、だよな。もしかしてウィルが話していたのはあの子?)


 ふ〜ん、と興味深く紗霧をじっと見つめた。
 アークライトの視線に気付いたのかシュリアに扮した紗霧と視線が合う。 紗霧はアークライトの視線が誰に向けられているかどうか確認する為か首を左右に振って、そして再びアークライトを見る。
 そして紗霧の視線は今度こそアークライトと交わった。
 アークライトは何時もの癖で自分の魅力を最大限発揮する笑みを返すが紗霧はバッと顔を逸らす。 それは驚く程あからさまな態度で、紗霧のその行動にアークライトは驚きを隠せない。


(おや?)


 常ならばアークライトの笑みを向けられた女性は頬を赤くし、虚ろな目でポォっと見つめ返す。 しかし視線を逸らした紗霧の表情は僅かながらに青褪めていた。


(―――面白い。なるほど、ウィルが興味を持っただけはあるね)


 これは楽しくなりそうだ、とアークライトは心密かに楽しみを見つける。
 それが後にどんな結果を生み出すか、この時誰も知る由もなかった。









                                            update:2006/2/12






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