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部屋の中には既に4人の女性が居た。彼女達は部屋の中へと足を踏み入れた紗霧に不躾なまでの視線を送る。
部屋の中央に置かれたテーブルにはチェスやティーセット等、
娯楽を楽しむ事が出来る品々があったが彼女達はどれにも手を付ける事はせず、
それぞれが一定の距離を保ちテーブルと共に中央に置かれたソファへと座っていた。
4人とも年の頃は紗霧より4〜8歳は上だろうか。
どうやら紗霧が最後だったようで、最後に入室した紗霧を彼女達は頭の天辺から足の爪先まで値踏みするかのような視線に向ける。
(あの・・・そんなに睨まなくても・・・)
まるで射殺すかのような視線に居心地が悪い。
彼女達の様子に気軽に話し掛けることが出来るはずもなく、
紗霧はそれらの視線を避けるように彼女達の傍ではなく扉近くの壁側に置かれた椅子に一人掛けた。
紗霧が椅子に掛けると同時に、その行動を最後まで見ていた彼女達は互いにひそひそと囁き始める。
「あちらに着席した方はどちらの貴族の方でしょうか」
「あの方はきっとグレイス公爵のご息女ですわ。一目で解るではありませんか」
その問いに答えた女性は手に持っていた扇で口元を隠し、忍び笑いをする。
回答を得た女性も紗霧を見て納得いったのか、つられて口の端を吊り上げた。
「確かに。なんと身窄らしい格好をなさっているのでしょう」
(み・身窄らしい!?)
内緒話のような振りをしているが、意図して紗霧に聞こえる声質でもって彼女達は会話を続ける。
「それに、なんて貧弱なお身体なのでしょうか。あれではお身体を使って王子をお慰めすることも出来ませんわ」
(貧弱で悪かったな!×××〜、気にしているのに!!そ〜れ〜にっ、
そもそも俺は男なんだから王子を慰めるなんて気持ち悪いこと出来るはずがないだろ!!)
叫びだしたいのを堪える為に紗霧は俯く。『我慢我慢』と呟く紗霧の膝の上に置いた両手は、
その衝動を押さえるべく力強く握り締められていた。
そんな紗霧に構わず4人は話し続ける。
「もしかすると、あの方はきちんと食事をなさっていないのでは?ご覧になって、あの貧相な胸元。
全く、女性らしさが感じられませんわよ」
(当たり前だろ。俺は男なんだから)
「それに何ですの、あの全く色気が滲み出る事のない容貌。まるでお子様ですわ」
(だから男なんだって。それに俺は未だ16だ)
「嫌ですわ、流行も何もないあの衣装。田舎臭い空気が漂ってきますわね」
(・・・・・・・・・・・・・・・・もう、いいや)
何時もならここら辺りで爆発する紗霧だが、相手はアレでも女性だ。
父親からの教訓が体に染み付いている紗霧は、ただもう脱力するしかなかった。
紗霧は自分の事を攻撃するかのように会話する彼女達の姿を見る。
紗霧の服装を田舎臭いと言った彼女達の服装は揃いも揃って異様なほど華やかな衣装を纏っていた。
それぞれ赤やピンク、
黄色に青といった様々な布に細かなレースを惜しげもなく多量に使用したドレスは
その襟元や袖元にも行き過ぎるくらいの金の刺繍が施されていた。更にドレスにはそれぞれの布の色に合わせた、
数えきれないくらいの宝石が縫い付けられている。女性特有の膨らみは限界まで持ち上げられ、
その胸を最大限に強調するかのように襟元は大きく開いていた。駄目押しとばかりに、
高く結い上げられた髪を飾るのは色とりどりの鳥の羽。
・・・ハッキリ言ってあまりのカラフルさに目が痛い。彼女達の姿に比べたら、確かに俺は控えめな姿だ。
紗霧の衣装は、男だとばれないように身体の線を強調させないような、
しかしながら腰の括れなど女性をアピールする為に腰のラインはしっかりと絞られた真っ白なドレス。
ドレスを留めるボタン等は全て真珠。手首にはマーガレットのような白い花のコサージュを巻きつけたリボン。
首のリボンにも同じ花がつけられている。長い髪は流し、所々に親指くらいの小さな花が撒き散らされていた。
彼女達の色気を強調させる姿とは違って、どちらかというと白を基調とした紗霧の姿は清楚な感じである。
「やはり5大貴族といえどもやっと末席に引っ掛かる程度の方。財力の程も窺い知ることが出来ますわ」
「本当に。あのような方と一緒に5大貴族と呼ばれてたくありませんわね。
わたくしどもまで、あの程度なのかと勘違いされてもらっては気分が悪いですわ」
互いに顔を見合わせ、綺麗な顔を不愉快そうに歪める。
(・・・・・・・・・女の世界って話に聞いてはいたけど本当に恐いんだな・・・。こんな時に男でよかったと心底思うよ)
彼女達の陰険な悪口に紗霧は二の句が告げない。
(彼女達にはなるべく近づかない方が賢明だな)
紗霧は心に硬く誓う。
***
軽いノックと共に扉が開くと中年の男性が入室し、紗霧達一人一人を確認する。
「全員お揃いですね。では『王座の間』へとご案内差し上げます。わたくしに付いて来て下さい」
紗霧を含めた皆は一斉に立ち上がった。
だが彼女達は扉近くに立った紗霧を押しのけると、我先へとその男性の後に付いて行く。
その物凄い勢いに紗霧は呆然と立ち尽くした。
いつまでも微動だにしない紗霧に、入り口に立っていた衛兵が心配そうに声をかける。
紗霧がハッと気が付くと皆は部屋から出て王座の間へと続く回廊を渡っており、紗霧は慌てて部屋から出ると彼女達の最後尾へと並び歩いた。
update:2006/2/7