――――16
唐突に眠りから意識が目覚めた。
目を開くと辺りは暗く、まだ夜が明けてないことが判る。
再び寝入ろうとしたが、あまりにもはっきりと意識が覚醒している所為で目を瞑っても中々寝付くことが出来ない。
仕方なく寝ることを諦め、紗霧は目蓋を擦りながらベッドからのそのそと起き上がると
その足でベッドの側にある窓の前に立ち、窓を覆うカーテンを左右に開く。
やはり外はまだ暗かったが、後数刻で朝日が昇るのであろうか東の空が少々明るみ始めている。
だが既に窓から見下ろす事が出来る城下町は所々に家の灯りが灯っているのが見え、
それは陽が昇るのに連れ比例するかのように灯りが増えていった。
その様子を紗霧は何気なくぼんやりと眺める。
こう、ただ呆然と町を見下ろしていると普段能天気な紗霧とて色々考えてしまう。
下手をするとグレイス達の命がかかる自分が言い出した今回の作戦。当然ながら失敗なんて許される筈がない。
紗霧は自分の肩にかかる重圧に耐えるかのように腕を交差させ己を強く抱き締める。
そうして暫し己を抱き締めていると、いつの間にか外は夜が明けて朝が訪れていた。
「寒っ」
6月とはいえ何も羽織らずにいた所為か、気が付くと紗霧の身体は冷えきっていた。
紗霧は冷えきった身体を暖めるべく再びベッドに潜り込もうと足を踏み出した瞬間、タイミングよく扉が軽くノックされる。
「はい」
あ、マズイ!!
返事をした紗霧だが、今の己の状態を思い出した。
鬘を取った本来の姿の紗霧は『シュリア』ではない。
紗霧は鬘を慌てて被ると、ササッと髪を整え訪問者を迎える。
扉を開け入ってきたのはリル。ネグリジェ姿の紗霧とは違いリルは既に普段通りの服装へと着替えていた。
「おはようございますサギリ様。その様子ではあまり寝付けなかったようですね」
そう声をかけるリルこそ眠れなかったのか少々目が赤かった。そしてリルからはどこかしら張り詰めた空気が漂う。
今日はとうとう王子と対面する日なのだ。リルが緊張するのも無理はない。
紗霧は被った鬘を取るとリルに近づく。
「そうだね。やっぱり何だかんだ言っても緊張しているみたいだ」
「サギリ様・・・」
「でも大丈夫だって!俺っていざって時には肝が据わるらしく、それで色々と乗り切ってきたし。今回も同じように何とか乗り切るよ」
紗霧はいつもの猫を被った笑顔ではなく、リルを安心させるかのように自信たっぷりの笑顔を見せる。
それが効果を上げたのか、リルは安堵の表情を浮かべた。
「それでは早速準備に取りかかりましょう」
「今日もバッチリ男だと分からないようによろしく〜」
「それはもう完璧に大丈夫ですわ。素材が一級品ですから」
「へぇ?そんな良い品を持って来たんだ?」
グレイスさん達も奮発したな、と紗霧は顎に手をあてるとウンウンと頷く。
「・・・・・・えっと」
何故かリルが困惑する。
素材は素材でもドレスや宝石等ではなく貴方自信です、とリルはポソリと紗霧の耳に届かないような小さな声で呟いた。
その場は何となく微妙な空気が流れたが、時間に余裕を持たせるべく紗霧達は慌ただしく王子に謁見するための支度を急いだ。
***
支度をした紗霧を迎えに来たのは、昨日紗霧達をこの部屋まで案内した城仕えの女性だった。
その女性に連れられて、紗霧は貴族の女性らしく姿勢を正すと『王座の間』へと向かう為に広い廊下を進む。
ガラス張りの回路や、彫刻が整然と並べられた廊下を通り過ぎたが今の紗霧にはその様な芸術品などは目に入る筈もなく、
ただ前を歩く女性の背中をずっと見ていた。
跳ね上がる心臓に『落ち着け』と呪文のように何度も繰り返し言い聞かせ、
震えて転びそうになる足を意識してなんとか女性と一定の距離を保つ。女性は一つの部屋の前に来るとピタリと止まった。
彼女曰く、此処は王座の間へ入る前に待機する控え室だそうだ。
紗霧は扉の前で深呼吸すると扉の前に立つ衛兵に目で合図し、扉を開けてもらうと部屋の中へと進んだ。
update:2006/2/7