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「シュリア様が1ヵ月間滞在して頂く部屋はこちらになります」


 城仕えの女性に連れられて広大な城中を歩き、着いたのは紗霧の為にと用意された豪奢な部屋。
 その部屋に入り先ず目に飛び込むのは壁一面に描かれた絵。 この絵は入り口から時計回りに沿って一つの物語になっているようだ。 それから天井から下がる巨大なシャンデリアに、暖炉、白薔薇の刺繍が施された応接セットに金細工の置物。 そしてこの部屋を中心に伸びている幾つもの部屋。
 部屋は5大貴族という謂れをもち、 その名に恥じぬ邸を構えているグレイス邸でさえも霞んで見えるほどにあまりにも華やかだった。
 しかしながらグレイス邸の良いところは高価な家具を揃えていても持ち主の人柄を現すかのように、 初めて訪れた者でさえ安らぐ事が出来る落ち着きのある邸宅だという事だ。

 紗霧は部屋の中に足を踏み入れるとその場から見える部屋数を確認する為に周囲を見渡す。


(・・・俺がグレイスさんところで借りた部屋が何部屋も入っているよ。これって土地の無駄遣いだよな。勿体無い)


 唯でさえ広いと感じたグレイス邸での紗霧の部屋。その部屋でさえ紗霧の世界の家が丸々一戸収まるくらいの広さだった。
 半ば感心、半ば呆れた紗霧は『掃除する人は大変だ』と余計な心配までしてしまう。

 紗霧が一先ず部屋を確認した事を見て、城仕えの女性は話を切り出した。


「宜しいでしょうか。次に、シュリア様の明日の日程を申し上げます」

「お願い致します」


 紗霧はコクリと頷き、女性を促す。
 では、と女性は手に持っていた紙を広げると淀みなく紙に書かれた内容を読み上げ始めた。


「まず早朝、時が8の数字を差す頃に『王座の間』にて他の候補方々とご一緒に王子へのお披露目が行われます。 それが済み次第、王子を伴った朝食会がございまして、 朝食後に王子と親睦を深めるべく他の候補方々もご一緒に城内を散策して頂く予定でございます。 そして、時が12の数字を指す頃に昼食会を我が城が誇る薔薇園にて行いまして後に―――」

「・・・長ぇ」


 蚊の鳴くような声でボソリと呟いた紗霧に、内容を読み上げていた女性は顔を上げる。


「は?何か仰いましたか??」

「?何のことでしょう」


 花が綻ぶような笑顔一つで誤魔化す。


「あ、いえ。わたくしの聞き違いのようです。失礼致しました」


 紗霧がすっ呆けた事を知らず、その誤魔化すための笑顔一つで何事もなかった様子を信じきった女性は慌てて己の失態を謝罪する。


「構いませんわ」

「では、続きを――」


 己の仕事を真っ当すべく女性は再び紙に書かれた内容を読み上げ始める。
 その予定は明日一日の日程な筈なのだが、女性は紗霧がウンザリするほど沢山の予定を全て上げ連ねた。





***





「ったく、長いよ!紙に書いてくれたら一発なのに、ツラツラツラツラとただ言えば良いって思ってるわけ!?」


 女性が部屋から立ち去り紗霧とリルの二人だけが部屋に残された瞬間、紗霧はキレた。


「こんなに長くっちゃ覚えられるはずないの解んないの!? これだから××真面目な奴って!!自分は紙に書いたのを読んだくせに!それとも何か? 俺は聞くだけで覚えて当然だってか!!?えぇ!!??」

「さ、サギリ様ぁ〜〜。め、目がぁぁ〜〜」


 己の腹に溜まった怒りそのまま拳を握り締め暴言を吐く紗霧にリルは一歩引く。 リルは自分が戸惑う言葉を吐く紗霧に慣れてきたとはいえ、 やはり未だ怒る紗霧に対して腰が引けるのは仕方がなかった。何といっても据わるその目が一番怖い。


「へ??あ、ごめん!つい本音がポロリと・・・」

「・・・ポロリと仰る程度ではないと思いますが」

「え゛。あはは。気にしな〜い」

「・・・・・・はい」


 反論することさえ気力を削がれたリルは旅の疲れもあって、ぐったりと脱力する。


 (やばっ・・・、直情的な行動はしないと反省したばっかりなのになぁ・・・。ごめん、リル!)


 紗霧は胸中で、リルに対し両手を合わせ反省する。


「でも、リルお疲れ様。リルの部屋を隣に用意してもらったようだし今日はゆっくり休んで」

「有難うございます。では明日の準備を終えましたら、その様にさせて頂きます」

「うん。あ、俺も手伝うよ」

「サギリ様こそお休みください。着慣れないドレスを着てお疲れでしょうから」

「そんなにか弱くないって。一応俺も男だし。何か重い荷物とかあったら俺が運ぶよ」


 紗霧はドレスの袖を捲し上げるかの様子を見せた。
 リルは紗霧に対して『そんな!』と頭と両手を左右に振る。紗霧はリルの慌てる様子に首を捻った。


「なんで?二人でやったら早く終わるよ。」

「それは、そうですが――」

「んじゃ、決まり。さ、リル。早く終わせよう」

「あ、はい」


 いいのでしょうか、とリルは思いながらも紗霧の行動の素早さにその考えもすぐさま消え、紗霧と一緒になって全ての荷を解く。
 城へは早朝に着いた筈だが、二人がかりでも片付けを終える事が出来たのは日が沈む直前だったという事は後に知ることだった。









                                            update:2006/2/1






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