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「サギリ様、どうやらわたくし達は城下町へと入ったようです」


 リルに軽く揺り起こされ、紗霧は目を覚す。
 鉛のように重たい目蓋を無理矢理開いた紗霧は、カーテンの隙間から洩れる朝日によって日が明けた事を知った。


「朝、だ。でも、う・・・ん、眠、い」


 昨夜から一晩中ウィルという男の事を考えていた所為で中々眠りにつくことが出来なかった。 その為にかなりの寝不足だが、紗霧は軽く目を擦り靄のかかった頭を必死に働かせようとする。

 リルは城下町へ入ったと言っていた。
 紗霧は城下町という処がどの様になっているか窓を開けて見たいと思ったのだが、 カーテンを開く事さえ厳禁されていたので仕方なく雰囲気だけでも味わおうと周囲の気配を探り始める。


 ・・・あ、本当だ。沢山の人の話し声がするし、凄い活気がある。・・・見たかったなぁ。
 大勢の人の声、そして様々に鳴り響く音楽。紗霧はこれまでの道中、 遠くから見たどの町の気配よりもこの城下町が一番賑わっていると感じた。

 暫くして何故かその人の気配が段々と遠ざかり周囲は静かになる。


「?ねぇ、リル。何か周りの気配が離れていくけど何で?」

「はい。それは、城下町とお城とは一つの外壁の中にありますが、 防衛の為にお城は城下町から少々離れた丘陵に建てられているのです。ですから静かになったのは城下町から離れた所為でしょう」

「へ〜」


 俺達の世界の戦争とはちょっと違うけど、 やっぱりここも戦争ってのがある世界なんだよな。防衛とかなんだとか色々と考えなければならないし、大変だな。
 紗霧は『なるほど』と納得し、そしてどこの世界でも無くなることの無い『戦争』というものに悲しみが湧く。

 紗霧達を乗せ走っていた馬車がピタリと止る。色々と考えているうちに、どうやら城へと着いたようだ。
 紗霧は軽く身支度を整えると、目を軽く閉じる。シュリアとして振る舞える事が出来るよう精神を集中させるためだ。


「シュリア様、お着きになりました」


 セオドアの声が馬車の外からかかる。
 紗霧は覚悟を決めると目を開き、馬車から先に降りたリルの後に続いて己も貴族の女性らしく馬車から優雅に地に降り立った。





***





(何、コレ。凄い・・・、し、城ってこんなに大きいものだっけ??)


 先程馬車から降りた優美さは紗霧から一切形を潜め、目の前にそびえ立つ城を前に紗霧は唖然と口を開き見上げていた。
 紗霧は一度、見上げていた視線を下にずらす。
 視線の先にあるのは城門だろうか、槍を持った二人の衛兵が巨大な扉を守っており、その衛兵達は紗霧達に鋭い視線を向けた。
 紗霧は向けられた視線を流し、もう一度門の上から飛び出た城の一部分を見上げる。
 門の上から飛び出て見えるのは、正に教科書やテレビ番組の『世界遺産』で見たことのあるヨーロッパの城。 白を基調とした石造りの城は所々に先の尖った棟が見える。
 巨大な城門に阻まれて今のところ紗霧の目に映るのはこれくらいだ。 城門の中がどの様になっているのか紗霧は期待で胸を膨らます。
 紗霧は城がどの様な地に建てられているの確かめるべく後ろを振り向いた。 するとそこはリルが言っていた様に、緩やかに舗装された丘陵になっており、城はその丘陵の上に築かれていた。

 紗霧は幼い頃に学校の遠足で、ただ一度だけ行ったことのある城を思い返す。
 紗霧の地元には400〜500年程前に建築されたさる武将の城が未だ残っていた。 といっても、何度も修繕が行われ城の大部分が建てられた当時のものではないらしいが、 それでも見上げるほどの大きさと漂う風格に幼いながらも感動した記憶は鮮やかに残っている。
 その幼い頃に見上げた城と、デルフィング城を紗霧は見比べた。 しかしながら比べるまでもない程にデルフィング城のあまりの巨大さ、広大さそして威厳さに圧倒される。

 城を見上げた紗霧の口は無意識にポカンと開いたが、 それが無意識の為に紗霧は己がどの様な姿で立っているのか認識していなかった。 その様は到底貴族の女性が行うような行動ではなかったが、今の紗霧の頭にはそんな常識的な事は一切忘れ去られている。


 ・・・凄い。これぞ正しく『城』だよ。けどこれって建築費どれくらいかかったんだろう。 見てよ、あの扉だけでも緻密な彫刻。芸術品だよ。あれだけでも売ったらいい値段するんだろうな。
 ―――・・・欲しいな。
 などと多少ずれた事を考え出した紗霧の感性は、果たして凡人が抱く普通の感想なのか紗霧ならではなのか。


「シュリア様、わたくしが付き添えるのは此処まででございます。 後は、此方の城仕えの者がシュリア様を城内へとご案内致しますので、どうぞご心配なさらないで下さい」


 紗霧が呆けている間に中から出てきたのであろうか、衛兵の側には女性が立っていた。
 見ると落ち着いた色の質素なドレスを着用した女性とセオドアは何やら話が済んだらしい。 城を見上げながら色々と思考していた紗霧はその事に気付かず、セオドアによってかけられた声で我に返り慌てて姿勢を正す。
 『城仕え』として紹介された女性は親しみを込めた笑顔で紗霧達に一礼した。紗霧も彼女に同様に礼をとる。
 それが済むとセオドアは紗霧の前で膝を折り、騎士の礼節であるのか『 この度、光栄ながらもシュリア様の護衛の任に就いた我が隊は〜』等と紗霧はセオドアからまどろっこしい別れの挨拶受ける。
 一晩馬車の中で揺られている間に冷静さを取り戻すことが出来た紗霧は、 何時もの如くセオドアに対して笑みを浮かべながらそのセオドアからの挨拶を軽く耳の右から左へと流した。 紗霧の言い訳として『 最初はちゃんと聞いていたんだけど、長すぎだし堅っくるしい言葉だったんだもん。 寝不足な俺にはまるでお経だよ。危うく眠りそうだったし』だそうだ。
 挨拶が済むと、最後にスッと差し出した紗霧の左手をセオドアは手袋のはめた手で軽く取り口付ける。


 うぉ!これか!?これが映画のワンシーンでよく見るやつだな。 ん〜、映画で見ている分には何とも思わなかったけど、実際目の前でやられると何か気恥ずかしいな。よくやるよ、こんなの。

 微笑みを絶やさず、決してその相好を崩さない紗霧とセオドアを傍から見れば何とも絵になるワンシーンであっただろう。
 事実、傍に居たリルはこの情景に目を輝かせていた。―――紗霧が内心どんな言葉を吐いているか知らないということは幸せだ。


「では、シュリア様。こちらへ――」


 その間を見計らい、紗霧を城内へと案内する役目を負った城仕えの女性は紗霧に声をかける。


「ええ。よろしくお願い致します。ではセオドア殿、お元気で」

「はい」


 紗霧の護衛として此処までの道中を共にしたセオドア達とこの場で別れ、 紗霧は『これからが戦場だ!』と気合十分で城内へと足を踏み入れた。









                                            update:2006/1/29






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