――――12




 黄金の陽光を背にゆったりと、でも威厳を醸しながらも俺の元へ歩み寄ってくるその男は名前を『ウィル』と名乗った。
 不覚にも一瞬だけ、本当に一瞬だけ俺は奴に見惚れた。
 金の髪がオレンジ色の陽光を弾き、表情は笑んでいながらもその鋭い澄み切った緑目は俺を射抜くように見据える。
 獲物を捕らえたような、あるいは何者かと俺を見定めるようなその強い視線に俺はある動物を連想した。
 ―――そう、百獣の王といわれる黄金の獅子を。










「シュリア嬢、どうした?私の顔に何かあるのかな」


 よほどジッと見つめていたのだろうか。 ウィルフレッドを凝視しながら固まってしまった紗霧に、 ウィルフレッドは意地の悪い笑みを浮かべながら何やら含んだような物言いをする。
 紗霧はハッと我に返ると、 ウィルフレッドの言葉を理解すべく瞬時に混乱の所為で鈍くなった脳に渇を入れ、言われた言葉の意味を理解した。


(・・・・・・てめぇ〜〜、俺が変に何も答えられないの解って言っているな!!)


 ウィルフレッドの言葉を理解した途端に紗霧の額にはビキリと青筋が一筋ばかり浮かんだが、 軽く首を左右に振って何でもないという風を装う。


「・・・いえ。セオドア殿の上司の方にしては大変お若いなと思いまして。とても優秀な方なのでしょうね」


 そう答えて、紗霧は失礼のない程度に改めてウィルフレッドへと視線を上から下へ滑らせた。


(コイツがセオドアさんの上司だって。全っっ然見えないよな。 人って・・・・・・・・・・・・・って、ちょっと待て!!俺、上司って言ったか!!?)


 紗霧はウィルフレッドに向けていた目を大きく見開き、己の放った『上司』という言葉を反復する。


(じょうし・じょうし・じょうしって『上司』だよな!? ―――って事は上司=関係者!!??)


 ヤバイヤバイヤバイ、と己の中でその言葉のみがグルグルと回る。
 サァっと血の気が引き、傍から見ても解るくらい青褪めた。


(何でこんな処でセオドアさんの上司とバッタリ会うんだよ! こんなに人が大勢いるのに、そん中で何もセオドアさんの関係者と遭遇する事はないだろ〜〜。 その確率って一体どれくらいだ!?何か?俺ってツイてるわけ?幸運でなくて悪運がさ。 ―――・・・考えれば、この世界に飛ばされたって事自体、ある意味物凄い確率なわけで・・・。 ってことは、これは俺にとってそれほど特別に確率としては低くないって?)


 紗霧は現実逃避するかのように思考の渦へと沈む。
 でも、っとすぐさま対策を練るべく現実の世界へと意識を向けた。


(ぐ、グルグルと回ってる場合じゃない!俺ってコイツにどんな態度をとったっけ!? あぁ・・・気のせいか何か記憶を封じ込めたくなるような事だったような)


 フゥっと目眩がしたが、何とか足に力を入れその場に踏みとどまる。
 紗霧が一人で百面相する様子をウィルフレッドとセオドアは訝しげな様子で見ていた。 その二人の視線に気付いた紗霧は、蜘蛛の子がサッと散るが如く逃げ出した猫を片っ端から必死で捕まえて被り、 何とか引き攣りながらも笑みを顔に張り付ける。


「・・・し、失礼致しました。少々思い出したくないことを思い出しまして。 ―――あの、ウィル殿。 先ほどは、わたくしが混乱のあまりにはしたないところをお見せして申し訳ございませんでした。 どうかお忘れになっていただけませんか?」


 ね?っと可愛く小首を傾け、上目使いにウィルフレッドを見る。
 シアナさんから教えてもらった『秘儀・男を黙らす方法』・・・らしい。 ・・・・・・俺がやっても効果があるかどうかは疑問だが。
 これで効かなかったら俺ってただの馬鹿だよな、と紗霧は恥ずかしさのあまり顔が火照った。


「・・・・・・・・・・・・」


 可愛く微笑んだ紗霧を今度はウィルフレッドが目を丸め紗霧を凝視した。紗霧は背にタラリと汗が流れるのを感じる。


(あぁぁぁぁ、許されることならブン殴って記憶喪失になってもらいたい!)


 ウィルフレッドは何かを思い出すように宙と、ニッコリと笑んでいる紗霧とを何故か交互に繰り返し見た。


(無理?やっぱり無理か!?)

「な、何か?」


 声を出した紗霧だが、緊張の所為か声がワントーン高くなり上ずった。


「いや・・・。そうだな、出会った時のシュリア嬢はよほど混乱していたのだろう。 ―――解りました。先ほどの事は私の胸の内で留めておきましょう」


目を僅かながらに細め、ウィルフレッドは口角を上げる。 その何でもお見通しだというようなウィルフレッドに今や紗霧の内心は平静ではいられなかった。


(だぁぁぁ!!これってやっぱり本性がバレてるよな!?絶対確信犯な笑いだよな!!?なぁ!!!?)


 しかし表面には一切その表情が出ないところが被った猫の威力だろうか。


「た、助かりますわ。うふ、うふふふふ」

「とんでもない。くっ、くくくくくくく」


 紗霧とウィルフレッドが乾いた笑いをしている横で、 セオドアは傍目には紗霧とウィルフレッドが何やら仲良くなった様子に呑気に人の良い笑顔を浮べていた。
 ではそろそろ、っとセオドアはタイミングを計って二人に声をかける。


「さぁ、出立いたしましょう。明日の朝には城下町に着く予定ですので、シュリア様の長旅も後少しで終わりです」


 セオドアの台詞に、俺の計画は今ここで半分終わったよ、っと紗霧は小さく呟いた。

 紗霧はハァっと溜息を吐きつつリルが待機している馬車へと戻り、そして乗り込む。 紗霧の鬱とした気分にかまわず、紗霧達を乗せた馬車はデルフィング城を目指すべくゆっくりと走り出した。








                                            update:2006/1/22






inserted by FC2 system