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 西の空に沈みかけた太陽を背に、舗装されてない道をリズムよくガラガラと走る何台かの馬車。
 太陽の光も柔らかくなり涼しい時間帯が訪れ始めたとはいえ、 昼間の地熱の所為かまだ僅かながら汗ばむほどの熱気が辺りを包んでいた。
 そんな中、道を走る馬車でただ一台だけ人が乗ることの出来る馬車が何故か周りの温度とは隔し、そこだけ一定の気温を下げている。
 ―――そう、馬車の中で揺られている人物、紗霧の所為で・・・。


(あぁ誰か・・・嘘だと、これは夢だと言ってくれ・・・)


 目の前が暗くなるってこういう事だったんだな・・・。
 紗霧は魂の抜け殻のように、カーテンで閉じられた窓に凭れかかる。 はぁ、と先程から溜息を何度も繰り返し、虚ろな目で何もない宙を見つめる。 紗霧が一溜息をつくごとに、馬車の中は明らかに気温を1度下げていた。


「あの、サギリ様。・・・まだ先程の恐怖が抜けていないのですか」


 そんな紗霧を先程から心配そうに見るリルは、意を決して紗霧に声をかける。 紗霧はリルの顔を見ると、軽く上体を起こし力の抜けた身体を何とか支えた。


「ん?・・・あ、あぁ、全然違うよ。そんな事じゃないんだ。さっきのは恐かったというより、どっちかというとスッキリしたから」

「スッキリですか??」

「あ、いや何でもない」


 まさかリルに、奴に対して一発蹴りをくらわせたなどと・・・鬱憤を晴らしたなどと言えないよな。
 あははっ、と力無く笑う紗霧をリルは不思議そうに見る。紗霧は何故リルがそんな事をいうのかと考えハッと気付いた。


「そうか・・・。ごめん。俺、リルに心配をかけてるんだね。そんな大した事じゃないから心配ないよ」

「ですが・・・」

「ホント、何でもないことでグルグル回ってたから。あ〜あ、俺って駄目だな。リルに心配かけて」


 そんなことありません、というようにリルは静かに首を左右に振る。
 姉のような眼差しで見守るリルに紗霧は、ありがとうと小さく礼を言う。
 紗霧はどんなに落ち込んでいても決して女の子にだけは心配をかけるなと、 父親に幼い頃から厳しく言い聞かされてきた。 そんな父親のモットーは『女の子には優しく、そして自分の奥さんは女王様のように』だ。 ・・・普通はお姫様のように、 の間違いだろと思わず突っ込みを入れたくなるような自分の父親に感心していいのか、呆れ果てていいのか・・・。


(ったく、リルに心配かけちゃったじゃないか!それもこれもアイツが〜〜っ)


 ぬがぁぁと言わんばかりに、紗霧の心中でゴロゴロと転げ回る己がいた。
 グッと紗霧は拳を握り締めると、たった数刻前で出来れば封印したい鮮明な記憶を思い返す。





***





「シュリア様、お怪我はございませんか?―――申し訳ございません。この度の事はわたくしの落ち度です」


 不信な男に引き摺られて消えたセオドアは一人紗霧の元へ戻ると、膝を地面につき胸に手を当てると頭を深く下げる。 その表情は自分の失態を責めているのか、とても深刻なものだった。

 あ〜・・・、別に誰の所為でもないんだけどなぁ。セオドアさんが謝る事ではないし。
 その様子を見て紗霧は、セオドアに近づくと彼の目線の高さまで軽く腰を落とした。 己の目線の高さに腰を下ろした紗霧に、セオドアは驚きのあまり反射的に顔を上げる。


「いいえ、セオドア殿。この度の事は誰の所為でもありません。セオドア殿には寧ろ感謝しているのです。わたくしを気遣って、本来なら立ち寄る予定に無かったこの町へ入る事を許して頂いたのですから。ね、セオドア殿。貴方に落ち度はございません。ですから顔をお上げください」


 ぐっっは〜〜!舌を噛みそうな台詞回し!しかも砂を吐きたくなるような言葉。ったく、余計な手間をかけさせるんじゃない!!
 ニッコリと猫を50匹程度被った極上の笑みでセオドアを励ます。


「シュリア様・・・。ありがとうございます」


 再び頭を深く下げるセオドアだが、その表情は何時も通り柔らかなものへと戻っていた。 そんなセオドアの様子に紗霧もほっと胸を撫で下ろす。


「―――なるほどな。確かに"清楚"で"おしとやか"なお嬢様だ」


 聞き覚えのある声に紗霧はギクッと身体を強張らせた。
 声のかかった方角を見るべくギギギっとセオドアから顔を上げ、 その後方へ視線を向けるとそこには紗霧が先程くってかかった男、 そしてセオドアを引き摺って行った男がゆっくりとした足取りでこちらに向かって歩いて来るではないか。


(っげ!何でアイツがここに!!?)


 見覚えのある突然の来訪者に、紗霧は男に視線を張り付かせたままビキっと固まってしまった。
 呆然と立ち尽くす紗霧にセオドアは気付かないのか、男の突然の登場に慌てて立ち上がるとその男――ウィルフレッドを紗霧に紹介する。


「ええええっと、シュリア様。こ、このお方はわたくしのじょ、上司の方でして、名は―――」

「ウィルだ」


 ウィルフレッドは名を『ウィル』と名乗ると、固って動けない紗霧をニヤニヤと楽しげに見つめた。









                                            update:2006/1/18






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