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「―――ウ、ウィルフレッド王子?このような場所で何をしていらっしゃるのですか!?」

「しっ!声が大きい。誰かに話を聞かれたらどうするんだ」


 セオドアを引っ張って(引き摺って)誰も居ない場所へ移動したとはいえ、 セオドアの大声の所為で自分達以外の者にその内容を聞かれては意味が無い。
 ウィルフレッドと呼ばれた男は建物のみで誰もいない周囲をサッと見渡して確認し、そして二人だけだという事にホッと息をつく。


「え?も、申し訳ございません」

「ああ、解ったならいい。気を付けろ」

「はい。・・・あれ、何か違いませんか王子?」


 何かおかしな方向へ行っていないかと疑問符を飛ばしながらセオドアは一人、今の状況について考え始める。
 紗霧と口論していた人物、そしてセオドアが王子と呼ぶ彼こそ、 この国の第一王位継承権を持つウィルフレッド・コーウェン・デルフィングその人であった。
 ウィルフレッドはそんなセオドアの思考を遮るべく、自分の言葉できっぱりと断ち切る。


「違わないな。それに何故私がここにいるのかって?・・・セオドア、私が何も考えなしに行動していると思っているのか」

「えっと・・・?」

「全く・・・。私もあなどられたものだな」


 ウィルフレッドは、残念だと言わんばかりに悲しげな表情を見せる。
 その台詞を聞いて慌てたのはもちろんセオドアだ。 実はセオドアはこの旅で紗霧の護衛隊隊長としての任を受けてはいるが、 本来のセオドアは王子直属の親衛隊副隊長としての役職があった。 その己の仕え、守るべき主君であるウィルフレッドから自分を信頼していないのかと暗に言葉に含まれたのである。 焦るのも当然だった。


「あ、大変失礼致しましたっ。お許し下さい。私の方こそ考えなしでした」


 セオドアは直立すると、ガバッと90度上体を倒しウィルフレッドに謝罪する。見ると顔が僅かながら青褪めていた。
 ウィルフレッドは、セオドアがこのような行動を取るであろうと予測した上での発言だったのだが、 正に寸分の狂いもなく行動するセオドアに内心苦笑を洩らす。


「・・・気にしていない。頭を上げろセオドア」

「しかし・・・」

「いいから。・・・・・・先程の言葉は冗談だ」

「は?」

「考えなんてものあるわけないだろ。ただの息抜きだ」


 上体を倒していたセオドアが顔を上げウィルフレッドを見ると、先程の悲しげな様子を見せた表情とは打って変わり、 セオドアの行動を楽しんでいたのか僅かながら目を細めて笑みを見せる。


「・・・・・・はぁ」


 セオドアはもう何も言うべき言葉が見つからないのか、脱力するしかなかった。


「セオドア、溜息をつくと不幸が押し寄せてくるという言があるぞ」

「・・・・・・それをおっしゃるのなら幸せが逃げていくの間違いでは・・・」

「冗談に決まっているだろう。真面目な奴め」

「・・・・・・・・・うぅ」


 セオドアは再びガクッ肩を落とす。
 ウィルフレッドはそんなセオドアを気にした様子は見せず、自分ではなく何故セオドアまでもがこの町にいるか疑問を持った。


「で?お前こそこの様な処で何をしている。確かグレイス公爵の娘を迎えに行かなかったか?」

「はい、そうです」


 気を取り直したセオドアは姿勢を正し、ウィルフレッドの質問に答える。


「そんなお前が何故ここに居て、その娘の護衛から離れているんだ?」

「?離れていると言いますか、実は彼(か)の方が連れ去られかけたので追って来たのです。」

「連れ去られかけた?ならば、その娘は無事に助け出せたのか!?」


 何という失態っ。あれほど用心するよう命じたはずなのに。 ・・・だが、連れ去ったのではなく、連れ去られかけたと言った。ならば無事に助け出せたのだろう。

 ウィルフレッドは軽く俯き、己の思考に入る。

 ―――しかし、今回の事は彼女を狙った犯行なのか。 それとも偶然攫った相手が彼女だったという事なのか。・・・これは徹底的に調査させねば。
 ―――助け出したといいますか、と己の思考にふけていたウィルフレッドを現実に戻すかのようにセオドアの言葉は続いた。


「王子がシュリア様をその痴れ者からお救いしたのでしょう?」

「・・・・・・何だと?何を言っている」


 俯いて考え込んでいたウィルフレッドは、セオドアの台詞に顔を上げセオドアを見る。


「え、ですから先程王子とご一緒されていた彼の方がグレイス公爵の唯一人のご息女、シュリア様です」

「・・・・・・・・・人違いではないのか?」

「いいえ。間違いなくシュリア様です」

「あれが・・・?」


 グレイス公爵とは何度か対面した事があるが、確か穏やかな雰囲気と誠実そうな人柄が印象に残る者だった。 己の領地の民からの信頼も厚い男だと聞いているが。その娘が・・・アレか?? それに、別の名を名乗っていたようだが・・・ならばあれは愛称というやつなのだろう。
 幾度か対面した事あるグレイスとその娘として名乗る紗霧の印象を比べて、 ウィルフレッドは特徴ある色彩を持つ外見以外結びつくところが見当たらず困惑する。


「それに彼女は私が助けたわけではない。 自分で相手を馬から蹴り落としたのだ。それはもう、感嘆するほど見事な蹴りだったぞ」


 ウィルフレッドは、先程紗霧が男に対して入れた見事な蹴りを思い起こして感心する。
 紗霧が馬から蹴り落とした男の元にウィルフレッドがいた訳は実はこうであった。

 息抜きの為に町へ訪れたウィルフレッドは、そこで暫しの休息を取っていた。
 だが、そのウィルフレッドの前を物凄い速さで駆けていく馬と、 明らかにその馬に強引に乗せられたであろう見栄えのする服を着た娘が男によって拘束されていたのが視界に入る。
 馬に押さえつけられた紗霧をウィルフレッドは救い出そうと慌てて追いかけたのだが、 前を行く馬にもう少しで追いつくという所で、押さえつけられていたはずの紗霧が上体を起こしたかと思った次の瞬間、 男の顔面に見事な蹴りを入れ己でその危機から脱出したのであった。
 呆気に取られていたウィルフレッドだが、馬から蹴り落とされた男を拘束すべく己も馬から下り、 男を縄で縛っていたとこへ紗霧が戻る。 そうこうしている内にセオドア達がウィルフレッド達の元へと駆けつけたのだった。

 ウィルフレッドの言葉を聞き、セオドアは首を傾げる。


「清楚でおしとやかなシュリア様がそんな事出来るはずはないと思いますが・・・。 激しく抵抗なさっていたらおみ足が偶然に頭部に直撃したのでしょう。幸運でした」

「??清楚でおしとやか?偶然?・・・清楚とおしとやかという言葉の概念が、私とお前とでは激しく異なっているようだな。 それに蹴りも素晴らしいものだったが偶然ということか?」

「はい。シュリア様にその様な体力があるはずがございません。 この旅でシュリア様は大変疲れが溜まっておいでだと侍女の方がおっしゃっていました。 しかしながらそれを侍女の方に悟られないようにと健気にも必死だったようですが、 その様子を見兼ねた侍女の方の提案でこの町でシュリア様の疲れを少しでも癒そうと立ち寄ったのです。 ですが・・・わたくしの失態でした」

「??そうか。随分元気そうに見えたが・・・」


 例えあの娘が疲れた様子もなく私に噛み付いてきたとはいえセオドアにこうキッパリ断言されれば、 そうだった・・・のかもしれない。
 何か腑に落ちないが、 とウィルフレッドは首をしきりに傾けるがセオドアが言い切るのでもしかしたらそうなのだろうと己を納得させる。


「・・・まぁいい。グレイス公爵の娘を連れ去ろうとした男をこのまま引き連れて城で尋問しろ。 もしかするとこの度の件に関わる妨害かもしれないからな。過去に何度かあったことだ。再発を防ぐ為にも徹底的にな」

「解りました」


 ―――では、とウィルフレッドはセオドアに背を向ける。


「後は任せる。私はこれで――」

「はい。―――え?お、王子!?お待ち下さい」


 その場を立ち去ろうとしたウィルフレッドは、セオドアにガシッと肩を掴まれた。


「ちっ」

「『ちっ』ではありません〜。王子、お頼み申し上げます。どうかわたくし共と一緒に戻って下さい」

「見逃せ」

「見逃せって・・・ここで王子を見逃したら私は・・・」


 何か思い出したのかセオドアは情けない顔になり、ぶるぶると身震いする。


「っっお願いですからわたくしと城へ戻ってください〜〜。」


 セオドアは更にガッチリとウィルフレッドを拘束し、懇願する。


「解った。解ったから放せ。痛いぞ」

「本当に、本っ当〜に戻って頂けますよね」

「・・・私が戻るといったら戻る。二言は無い」

「・・・安心致しました。では急ぎシュリア様の処へ戻ってもよろしいですか。 他に護衛の者がいるとはいえ先程の件もあるので心配です」

「・・・ああ」


 諦めたように溜息をつくウィルフレッドと共にセオドアはその場を後にして紗霧の元へ行くべく、歩き出した。









                                            update:2006/1/15






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