――――08




 グレイスが治める領地から、目的地であるデルフィング城までかかる日数は7日間。 早馬ならば5日で済む距離だが、紗霧達一向は総勢100名近くの隊列であり、 更にはシュリアの身代わりとして入れ替わっている紗霧の体調も考慮して、途中の町々で休息を挟みながら移動していた。
 その行程はこの大人数の護衛隊が無駄になるような、何事もなく順調に進んでいる。


「なぁ、リル。やっぱり無理かな?」

「無理だと思いますわ。」

「そこを、さ。頼んでみてきてくれないかな」

「・・・・・・・・・」

「お願い!!」


『はぁ』と溜息をついたのはリル。その溜息を聞いた紗霧もつられて『はぁ』と溜息を吐く。


「だぁぁぁ〜〜!!もぉ退屈で我慢できないぃぃ!!」

「危険な事は少しでも避けなければなりませんから、仕方ありませんわ」


 解っている!誰に言われるより自分が一番解っている!! これが遊びじゃないことも、俺の立場がどれほどの危険に曝されるのかもさ。でも、少しは期待もあったんだよ!
 ここまで紗霧の発狂する原因は、この何とも変化のない旅にあった。

 グレイス家の領地から出て6日。1日の行程の中で紗霧たち一行は日に2〜3度は町や村に立ち寄り休息を取った。
 ただし文字通り休息のみ。
 一行は町や村に立ち寄るのではなく、その入り口付近にて隊列を止め身体の休息を取った。 紗霧の安全に最善の注意を払うためだ。
 食料や飲料は護衛隊の一人が町や村の市場へ行き調達。そして毒見をして紗霧に届けられる。 それを紗霧達は食べ腹は満たされるが、さすがに始終馬車の中は窮屈だ。
 だから隊長であるセオドアから許可をもらい馬車の外へと出るが、 すぐさま紗霧の周囲を護衛隊の兵士が隙間なく取り囲み、紗霧は周囲の景色をも堪能することさえ出来なかった。
 そんな状況に紗霧も覚悟していたとはいえ、まだ健全な男子高校生である。 大人しくじっと座っているのなんて性に合うはずがなかった。


(×××××〜!!この世界に来て始めての旅なんだし、これからの事を考えたらここで少しくらい自由に休息を取ってもいいじゃんか!)


 紗霧はよっぽど周囲を取り囲んだ兵士達を殴り倒して町を見学に行こうと思ったのだが、流石にそんなことは出来るはずもなく、ただただ己が内で鬱憤が堪る一方であった。


「誰も守ってもらわなくて自分の身は自分で守れるっつ〜の。 ってか、こう言うのを小さな親切大きなお世話ってんだよな。 人を見た目で判断すると痛い目に合うって一度思い知らせた方が、奴等にとっては寧ろ親切なんじゃないのか? と言う事は、俺は奴等の為に一肌脱いだ方が・・・」


 膝についた両肘を立てると顔の前で両手を組み、 何か独り言を言っている紗霧の目が何だか鈍く光るのを不幸にもリルは真正面から見てしまった。


「―――って、あれ?リル、そんな端っこで何してるのさ」


 見るとリルは狭い馬車の中、これ以上ないくらい必死に身体を端へとヘバリつかせていた。
 あまり明るくない中の所為か、リルの顔色は気の所為か少し青褪めて見える。


「・・・ささささ、サギリ様?何か物騒な事をブツブツと仰ってないですか?」

「え゛!?やだな〜、リル。きっと疲れて幻聴でも聞こえたんだと思うよ」
「そ、そうですか。わ、わたくし旅の疲れが出ているのでしょうか・・・」

「そうに決まってるって!精神的な休息の為にも、やっぱり次の町で中に入れるようにお願いしてみようよ。俺もかなりキツイしさ」

「そうしましょう。えぇ是非に次の町の中で休憩をいれて頂けるよう願い出てみます!」


 何度も首を縦に振るリルを紗霧は不思議そうに見るが、リルが再度お願いしてみるとの台詞を聞き紗霧の表情も明るくなる。


「よっしゃ!んじゃリル、お願いね。・・・・・・もし駄目だったらその時は・・・」


 再度、顔の前で両手を組み、肘を膝に乗せると何か不穏な事をブツブツと呟き始めた。
 そんな様子の紗霧を見てリルは、紗霧に見えないように拳を強く握り何かを堅く決意したようだった。





***





 次の町に着いたが、紗霧は一人大人しく馬車の中で待機していた。 馬車に備え付けられた小窓のカーテンさえ開くことも許されず、 ただカーテン越しに入る明かりのみで馬車の中は薄暗い。紗霧は窓側に肘をつき、唯ひたすらリルの戻りを待っていた。
 そこへ控えめに馬車の扉がノックされる。


「はい」


 多分リルだとは思うが気は抜けない。
 紗霧は姿勢を正すと1トーン高めの声で応答する。


「サギリ様、わたくしです。中へ入ってもよろしいですか?」

「うん」


 紗霧の返事と同時にドアが開く。そこへリルが素早く中へと入り込んだ。


「で、どうだった?」


 期待を込めた眼差しをリルに向ける。無意識にリルの方へと体が乗り出した。
 リルはコホンと咳をすると、にっこりと笑って見せる。


「少しの間だけなら見学を許可するそうです」

「マジ!?っっよっしゃぁ〜〜!!」

「マジ?ですか?」


 言葉がこちらの言葉に変換されないのか、リルが不思議そうに首を傾ける。
 紗霧はリルの質問に興奮を隠し切れないのか、はちきれんばかりの笑顔で答える。


「あ、ああ、本当かって事だよ!」

「うっ」


 リルは眩しそうに眼を細めると心臓辺りの服を握り締め『男、この方は男』と何度も己に言い聞かす。


「あぁ、やっとこの窮屈な部屋から解放される〜♪」

「さ、サギリ様、ただし条件がありまして―――」

「うんうん!どんな条件でもドンっと来なさい」


 『前の町で強硬手段に出なくて良かった』と紗霧が密かに呟いた台詞を微かに耳にしたリルは、背中にタラリと冷や汗が流れたのを感じた。
 紗霧はよっぽど町を見学出来る事が嬉しいのか、その表情からウキウキとした笑顔が消える事はなかった。





***





「・・・・・・確かに俺はどんな条件でもドンっと来いとは言ったけどさ・・・。ちょっとこれは、あんまりじゃないのか?」


 確かに一人になれるとは思わなかったけど、これじゃあんまり意味ないし・・・。
 紗霧はリルの耳元に顔を寄せ、小さく不満を口にする。 先程の心からの笑顔は消え去り、引き攣った笑みが紗霧の表情を彩っていた。


「仕方ありませんわ。サギリ様のお立場をお考え下さい」

「・・・はぁ、こんなにされると立場を嫌でも考えるよ」


 紗霧とリルは町の中の活気ある市場を見て回るべく護衛の兵士と町へ入ったのだが、紗霧には少々不満があった。
 紗霧は自分達を護衛する為に周囲を固めている兵士を見る。 1メートルの範囲内前後左右に最低1名ずつ。 更には紗霧の眼には見えないが後方にもぞろぞろと兵士が付いてきているらしい。
 市場に買い物に来ていた町の住民等はこの異様な光景に一歩引き、 紗霧達が歩く先はモーセが海を渡るが如く人波がザザザっと真っ二つに割れてゆく。


「これじゃまるで珍獣の扱いだよ。どうせ見学するなら俺は楽しく見学したかったのにさ」


 紗霧の『珍獣』という的を得た台詞に、リルも苦笑する。


「ま、贅沢は言ってられないか。町の中へ入れただけでもラッキーだと思えば・・・なんだ?」


 紗霧達の後方から人々の悲鳴が聞こえてくる。その悲鳴は何故か紗霧達の方へだんだんと間隔が短くなってくるではないか。
 何事が起こっているのか解らないが、紗霧を護衛する兵士達はすぐさま紗霧とリルを囲むように陣形を取り、 腰に挿した剣を抜き構えた。


「シュリア様、決して動かないで下さい!」


 囲んだ兵士より更に前に出たセオドアも剣を構えると、全身に緊張を張り巡らす。
 この事態に紗霧も緊迫した状況だということを飲み込み、 己が身を守るべくグレイスから出立の際に渡され、それを太股に括りつけた小振りの短剣をいつでも取り出せるよう身構える。


「なっ!!?」


 それは誰も予想し難い一瞬の出来事だった。
 人波の上から飛び出したのは1頭の茶色の馬。飛び出した馬はセオドアの頭上を軽く飛び越えると、紗霧達の前に護衛として立ちはだかった兵士を薙ぎ倒した。
 あまりの一瞬の出来事に固まっていた紗霧を騎乗した何者かが掬い上げると、そのまま馬を止めることなく走り去って行く。


「きゃぁぁぁ!!!」

「シュリア様!!」


 その場はリルの悲鳴とセオドアの叫び声、そして人々の悲鳴と泣き叫び声が覆い尽くし、正に阿鼻叫喚と化していた。









                                            update:2006/1/8






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