――――06




「何を馬鹿な事をサギリ!」

「駄目よ!今回の事は私達の運命だったの。貴方まで私達の流れに巻き込む事は出来ないわ」


 紗霧の提案に二人は即座に否定する。当然だろう。この事が露見したら投獄なんてもので済むはずがない。 王子を謀った罪として真っ先に死罪になるのは紗霧なのだ。 グレイスとシアナは自分達の娘に似た紗霧をそんな危ない事に巻き込むのは許せる事ではなかった。


「でも俺は二人がどうなるか知っているのに、知らない振りをする事なんて絶対に出来ません。 ここで俺だけ安全な所へ保護されてもこの先ずっと後悔し続けます。 だから後悔しないように俺は、グレイスさん達が幸せに暮らす事が出来る策があれば、その策の可能性に賭けたいんです」

「サギリ・・・」


 俺だってグレイスさん達の助けになりたい。この世界へ来てどうしたらいいのかと途方に暮れていた俺を、帰れるかどうかなんて先が見えずに落ち込んでいた俺を元気付けてくれた二人に俺は少しでも恩返しをしたい。
 グレイスは、決して喜ばしいとは言えないが紗霧のその申し出に胸がつまった。だが、それでも自分達だけでなく紗霧の生命にも関わる事なのだ。許せる筈はない。


「サギリ、その気持ちは有り難い。だが駄目なものは駄目なのだ。お前には少しでも危険な事に巻き込まれてほしくない」


「別に危険な事だとは思っていません。簡単なことです。男女の違いはあっても、俺は幸いにもシュリアさんと似ているみたいですし。 だから1ヵ月半後にシュリアさんの変わりに城へ行き、そこでシュリアさんらしく振る舞えばいいんです。 間違っても王子の妃になるような行動は取りません。王子との接触を出来るだけ避ければいいんですから。 それならバレる事なく、そして妃になることなく俺はここへ戻る事が出来るはずです」


 紗霧は何でもない、簡単な事なのだと軽く言う。 それが実際には難しい事だと紗霧にだって解るが、その不安を二人に悟られてはいけないと必死に震える声を抑え笑顔で話す。
 グレイスとシアナ以外の者は紗霧の提案に対し、まだ少なからず希望が残っている事に、 もしかするとこの難題を解決できるかもしれない可能性が残されている事に沈んでいた表情に僅かに喜色が浮かぶ。
 しかし二人は相変わらず首を横に振る。


「お願いします。俺にやらせてもらえませんか?少しでも・・・、少しでも可能性があるんだから・・・」

「サギリ・・・」


 紗霧はグレイス達に必死に訴える。これをグレイスが断れば最悪『死』が待っている。紗霧は心の中で必死に『断らないで!』と願い、 溢れ出そうな涙をこらえながらもグレイスの瞳から自分の瞳を逸らすことはなかった。

「お願いしますッ!!」


 紗霧は物凄い勢いでその場に頭を下げる。その紗霧の様子を見たメイド達も、次々と頭を下げはじめた。


「お願いします旦那様。サギリ様に・・・サギリ様にその役目をッ」


『お願いします』と次々に頭を下げられ、グレイスもシアナも困惑する。 今やホールにいる全員が頭を下げ、グレイスとシアナに紗霧の提案を願いでていた。


「・・・・・・・・・サギリ、解っているとは思うが事が露見すれば投獄なんて軽い罪で済むわけはない。 真っ先に死罪となるのは君なのだよ?」

「もちろん覚悟の上です!」

「そうか・・・」


 グレイスは紗霧の揺るぎない覚悟を感じ、思わず溜息を吐く。


「・・・・・・・・・・・・」


 何かを考え込むようにグレイスは沈黙する。
 グレイス自身、何かを葛藤しているのだろうか。
 グレイスの眉間に皺が寄る。

 その場の沈黙が重い。
 そんな中では、誰一人身じろぐ者はいなかった。


「あなた・・・」


 シアナがグレイスに呼びかけただけで、沈黙の重かったその場がフッと柔らかくなる。
 シアナはグレイスの手を両手で握り締めた。


「ああ・・・。―――サギリ、本当に覚悟はしているのだね」

「はい」


 こんな事、腹を括ってなければ言えるはずがない。
 紗霧は力強く頷く。
 グレイスは『――では』と口を開いた。


「先程の君の提案を心からお願いするよ」

「本当ですか!?」

「だが一つ約束して欲しい」


 グレイスの声は固い。それもそうだろう。わざわざ紗霧を危険な事に加担させるのだから。
 

「はい!」

「もし君がシュリアではないと露見した場合、何があっても真っ先に逃げなさい。間違っても私達の事を庇うなんて事は考えるのではないよ」

「・・・・・・・・・・」

「サギリ」

「・・・庇うとか言うのは今は置いといて、バレたら全速力で逃げます」


 そう、例えバレたのが王子であろうと後ろからぶん殴って・・・否、正面からでも拳で鼻をへし折って気絶させてでも逃げますとも。
 ふふふ、と何かを想像し黒く笑いながら手をボキボキと鳴らす紗霧にグレイスは腰が引けつつも、胸を撫で下ろす。

 事の成り行きを見守っていた人々は普段の物静かな様子とは打って変わり、 今度こそ歓喜のあまり誰彼構わず側に居る人と抱き合い、そして涙を流しながら喜びを分かち合う。


「安心するのはまだ早いのだがな・・・。」


 グレイスは喜ぶ皆を咎めるのではなく、その喜び様を見て苦笑する。


「だが、そうと決まればやる事は山ほどある。さぁサギリ、これからが大変だぞ」

「頑張ります!」


 紗霧は拳をつくり、気合を入れた返事を返した。









                                            update:2006/1/4






inserted by FC2 system