――――03




 紗霧がこの世界へ訪れた同日。時は少し前に遡る。

 ここデルフィング国の城内にも、登り始めた陽の明るい光が城内にも射し始めた。
 しかしながら差し込める陽光の輝きとは正反対に、重苦しい空気が立ち込めていた城の最深部が俄かにざわめき始める。
 その騒ぎの元である部屋から幾人か年嵩(としかさ)の男性達が飛び出すと、 彼らは一様に青褪めながらもある場所を目指し足早に掛けて行った。





***





「王子!王子は何処へ居られる!?」

「今しがた国王がっ!王子!!」


 先程の部屋から飛び出したのはこの国の一端を担う大臣達。
 彼等はデルフィング国王の唯一の御子、王位継承者である王子の行方を捜していた。
 城内の最深部とはいかないが何かと出入りが制限される一角に、代々の国王の御子が暮らす棟がある。 しかし今そこには、大臣達が行方を捜索している肝心の王子の姿が見当たらなかった。


「こんな一大事にあの御方は!」

「普段から何かと国王に反抗する態度!王が身罷られてしまっても変わらぬかっ」

「あのお優しい国王とは違い、何と冷血な御方だ。これでは国の将来が危ぶまれるわ!」


 己達が生涯の主と定め仕えてきた国王が崩御してからそう時は経っていなかった。 まだ記憶が鮮明な為にその悲しみの度合いも計り知れない。 大臣達はそれぞれの胸中で悲嘆に暮れていたが、今はそれよりも王が崩御したという国を揺るがす大事に、 フラフラと出歩いて姿を見せずにいる世継ぎの王子に激しい怒りを覚えていた。


「・・・そんな事を言っている場合ではなかろう。王はこの世に既に亡く、この場の指揮を急ぎ王子に執って頂かねばならぬ時ぞ」


 王子に対し様々な暴言を吐く大臣達の一歩前を歩き、彼等の言葉を一人静かに聞いていた一番年長の大臣が静かに口を開く。 同じ大臣職の中でもこの大臣は王から一番の信を受け、そしてその為にこの大臣の発言は誰よりも重視されてきた。 その大臣に自分達の発言を窘(たしな)められて一様に口を噤む。
 己の後ろを歩く大臣達の顔に、これ以上の発言を止めた自分に対し明らかに不満の色が浮んでいるのを筆頭大臣は盗み見た。
 彼等の言い分も解るのだが、如何にせん今は王子を探す事が先決。
 先陣を切って歩いていた大臣は歩を止め、この棟に用意されている数ある扉の前で溜息を吐いた。


「しかし王子は一体何処へ―――」

「私なら此処だ」


 通路の再奥にある扉が開くと一人の青年が緩慢な動作で出てきた。 しかしその足取りは多少覚束無く、綺麗に切り揃えられた金色の髪の間から覗く緑色の瞳もどこか胡乱(うろん)げだ。 顔を少し赤らめ、手には半分ばかり酒の入ったグラスを持っている。 それは今まで彼が酒を呷っていた状態だという事が容易に見て取れた。


「王子、お探ししておりました。今しがた国王が――」

「父上はお亡くなりになったか」

「はい・・・。そこで急ぎ王子に指揮を執って頂きたいと」

「・・・そうか」


 一瞬であったが、王子のその澄んだ緑の瞳に動揺と深い悲しみ色が宿ったのを筆頭大臣だけは見逃さなかった。 だが直ぐにその色も消えさり、王子はその場とは場違いの笑みを口元に湛える。 その様子に筆頭大臣は訝しみ、王子に対し恐る恐る口を開いた。


「王子?」

「ならば葬儀の事は全てそなた達に任す。如何しても私が出なければならない責があればその時は呼べ」

「何と!!己の御父上である国王の葬儀だというも、その国葬の全てを私共に任せるとは何たる非情! それでもあのお優しくも偉大なる国王の御子かっ!?」

「貴方の様に血も涙もない方がこの国を統べるかとおもうとこれから先、 この国が頽廃(たいはい)の道を辿って行くのが目に見えるわ!」


 筆頭大臣の背後に控えていた他の大臣達が眉を吊り上げ、鼻息荒く怒りに拳を震わす。 これ以上の暴言を止めるべく、筆頭大臣は後ろに控える大臣達に背を向けつつ彼等を制そうと右手を上げかけた。 だが筆頭大臣の行動より早く、王子の笑いを噛み殺した声が聞こえてきたかと思うと、 堪え切れなくなったのか次第に広い廊下に響き渡るかのように笑い出した。


「何と無礼な!何が可笑しいのだ!!」

「気でもお触れになってしまわれたか!?」


 大臣達は王子の突然の奇行に目を剥き、今度こそ顔を真っ赤にして叫ぶように責め立てる。
 その途端王子の笑い声が止み、辺りが一瞬静寂に包まれた。


「・・・優しくて偉大なる国王、か。そうだな。父上はそれはそれは大層素晴らしいお方であっただろうよ ・・・ただし国にとっては、な」


 王子は静かに言葉を紡ぐ。
 その瞳はどこか遠くの方を見つめていて、しかしそれも一瞬の出来事に過ぎなかったのだが、 筆頭大臣は王子が国王である父親に対して抱いている根深い、 言葉にしては言い表せない複雑な想いの一端を垣間見た気がした。


「王子・・・」


 筆頭大臣は王子を痛ましげに見つめる。
 そんな視線に気付いたのか王子は彼に対し軽く頭(かぶり)を振った。 そして何事も無かったかの様に再び口元に笑みを湛える。


「父上がデルフィング国民より敬意の眼差しを向けられていたのならば、 私にも国を良き方向に統べる事が可能であると思わないか。 私は可能だと思っているのだが? 何故ならばそなた達も知っての通り、私は『優しく偉大だ』と崇拝された国王の息子なのだからな」


 王子の皮肉がかった言葉に大臣達は再び口を開きかけたが、 しかし何も言う事が出来ずに口を噤む。そんな大臣達を王子は満足そうに見回した。


「・・・・・・喪が明け次第、私の妃候補全てに一斉に招集をかけろ。・・・抜かるなよ」

「・・・はい。全ては新王の御心のままに」


 筆頭大臣が頭を下げると後ろに控えていた大臣達も無言で己が次に仕えるべき王に立礼する。
 王子は大臣達を冷たい視線で一瞥すると彼等に背を向け、元いた部屋へと戻って行った。









                                            update:2006/1/1






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