――――02




(そう確か・・・俺は2限目の数学を受けていて。でもいい天気だったからついウトウトと・・・)


 春。『春眠暁を覚えず』とはよくいったものだ。
 高校へ入学して約1ヵ月。 入学したばかりのこの時期は授業についていくことや、友達をつくること等で毎日が目まぐるしく過ぎていく。 それでも1ヵ月経つ頃には肩の力も抜けて授業にも慣れ、クラスの中でいくつか出来た仲の良いグループの1つに入り、 その中で俺は充実した日々を過ごしていた。
 しかしその油断が不味かったのだろう。 そして暖かな春の日差しもそれに拍車をかけた。 俺は授業中にもかかわらずあまりの睡魔に我慢できずに眠気に身を委ね、そして起きたら自分の教室ではなく此処に居た。
 ―――やっぱり思い返しても此処に居る理由が解らない。


(は、はは・・・。これは何?俺に対する誰かの挑戦?)


 思い返せば入学して直ぐに、既に問題を起こしてしまった。 でもそれは、奴等が俺の"禁句"に触れたからであって、決して自ら進んで起こしたわけじゃ・・・。

 なんて紗霧は言い訳するが起こした事実には変わりはない。 実は紗霧は入学早々、質の悪いクラスメートやガラの悪い先輩達から『男装した女』と言われからかわれた。 もちろん紗霧は例外なく、これまでと同じでそいつ等を地面と『お友達』にしたのだ。 もちろん誰も目撃者が居ない所で。それでなければ今、紗霧は停学をくらうことなく普通に登校できるはずもないのだから。


(あいつ等〜ッ。暫く俺を避けていたのにタッグでも組んだか!?こんな手の込んだ嫌がらせをして)


 恐怖か混乱かで震えていた手は何時の間にかに握り締められ、今度は怒りのせいでぶるぶると震えていた。


「ふっ、い〜だろ。誰か解らないがその挑戦状を受けてやる!後悔するなよ!!」


 紗霧の目が据わる。
 普段は大人しい紗霧だが、忍耐力はあまりない。そして負けん気は人一倍ある。 それは今まで制裁を加えた、数えきれない人数の男達が物語っていた。


「あの、すみません。状況はなんとなく把握しましたが、此処がどこなのかが判らないのですが・・・。 一体此処はどこなんですか?」


 表情を切り替え、紗霧は二人に向かって満面の笑顔で尋ねる。誰もがこの笑顔に騙されたと言う定評のある笑みだ。
 そんな紗霧の表情を懐かしそうな目で見詰める。


「あ、あの〜」


 じっと見られ紗霧は戸惑う。自分達の娘でも思い出したのだろうか。


「あ、ああ、すまない。何といったかね」

「えっと、ここは何処ですかと聞いたのですが・・・」

「?此処かい」

「?はい」


 男性の戸惑う様子に紗霧もつられて戸惑う。
 何だろう。此処はそんなに誰もが知る有名な場所なのだろうか。でも俺、こんな所は初めて見るしな。
 紗霧は改めて室内の状況、そして窓から外の景色を見た。


(あ・・・そっか、夢の中で何か木のいい薫りがすると思ったらこれの所為か。 学校の回りは緑がないし。何かおかしいなとは思ったんだよね)


 窓の外にはまるで建物全体を囲っているかのように木々が密集しており、そこは小さな森と呼べるような状態だった。
 でも、と紗霧は考える。


(珍しいな。ここら辺でこんな緑がある場所なんてあったけ?)


 紗霧の疑問を解決するべく男性が答えた。


「此処はデルフィング国の私達グレイス家が治める領地だ」

「は?デルフィング国??」


 どこだソレ?と思わず口に出さなかった紗霧は自分を褒めた。 その紗霧の脳は、そんな地名が何処にあったのかを割り出すべくフル活動する。


(って考えるまでもないだろ!そんな地名なんてここら辺りで在るはずないじゃんっ。 それとも此処はどこか、テーマパークの一部に置かれているこのアトラクションのエリア名とか?)


 それならばこんな大掛かりのセットにも頷ける。 日本人ではない彼等が、此処を訪れた人々を案内する役を担っている為にこんなにも日本語が上手なのもこれで納得がいった。 ならば飛び出して行った娘というのもこのテーマパークが設定したシナリオなんだろう。
 紗霧は『凄い演技が上手いなぁ。思わず本気で信じたよ』と、感心する。


「その、このアトラクションが置かれているエリアではなくですね。 此処がどこら辺りにある何て名のテーマパークなのか教えて頂きたいのですが」

「てーまぱーく?それはどういう意味を持つ所だね?」

「え?どういう意味って・・・。ですから此処は皆がアトラクション等を楽しむ事が出来るテーマパークなんですよね?」


 会話の意味が通じない。紗霧も、男性――グレイスも首を傾げる。


「君は何を言っているんだね。此処は、私達グレイス家の者が所有する屋敷だ。私達以外の者はこの屋敷には立ち入る事は出来ない」

「はぁ!??」


 紗霧の声が驚きのあまりおもわず裏返る。


(誰も立ち入る事が出来ないって・・・冗談。それじゃぁアトラクションの意味がないじゃん)


 もう、いいや。と、紗霧は考えた。


(彼等に聞いても埒が明かない。一旦、此処から出て近くを歩いている人に場所を聞こう)


 紗霧の行動は早かった。二人にペコリと頭を下げるとこの場所から出るべく挨拶をする。


「すみません。勝手にお邪魔して。そろそろ俺、やらなければならい事があるので帰ります。お邪魔しました」

「あ、ああ」


 そう。俺をこんな場所へ放置した奴等に報復を。
 紗霧は暗く笑う。だが、そんな紗霧には一つ疑問が残っていた。 それは寝ていたとはいえ、どの様にして紗霧を教室の中から運び出し此処へ置き去りにしたかが。

 紗霧の後ろに何か目に見えない黒い気配を感じた二人は、ただ首を縦に振り続けた。

(まぁ、いい。奴等を締め上げて吐かせばいいのだから)


 恐怖の表情を貼り付ける二人に背を向け、紗霧は部屋の扉を開け外に出た。
 どこに屋敷の出入り口があるか判らなかったが適当に歩き回る。 道中、メイド服を着た人々が紗霧に気付くと持っているものを床に落としたり、涙を流して喜ぶ人達がいたが、 紗霧はその彼女等に『演技が上手いですね』と、一言残し通り過ぎていく。
 ようやく大きく造られた出入り口の扉を見つけ、 その扉を開閉する為に付けられた丸い取っ手を掴むと内側に力を入れて引き寄せる。 ギギギッと鈍い音と共に、扉は内側へとゆっくり開かれた。
 紗霧は屋敷から出る前に室内の方を振り向いて『お邪魔しました』と声をかけながら頭を下げて、屋敷の外へと出て行く。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・此処はどこ?」


 紗霧は後ろでバタンと閉まった扉に再び手をかけると扉を勢いよく開け、先程までいた部屋へと全速力で駈けて行く。
 一度此処から出るために屋敷を彷徨った所為か、それともどこも似たような場所だった所為か紗霧は何度も屋敷内で迷う。 それでもなんとか見覚えのある扉と周囲の状態を見つけると、その扉に体当たりするかのように扉を開け部屋へ飛び込んだ。
 勢いよく部屋へ飛び込んだ紗霧にグレイス夫妻は驚きのあまり目を丸くする。 紗霧はそんな二人の様子に構うことなくグレイスにしがみ付いた。


「此処どこ?!此処どこ!!?此処はどこなんですか!!?」


 紗霧はパニックに落ち入っていた。
 それは無理もない。
 屋敷から一歩出た紗霧の目に映った景色は美しい庭園。 しかし普通の家や屋敷に見られるような小さなものなどではなく、紗霧が今まで見たこともない広大なもの。 そしてその敷地内をサラサラと流れる川。 その川の水を汲み上げているのだろうか、中央に置かれた馬に寄り添う裸体の美女に向かって周囲から水が噴出していた。
 そこまでは、此処は広大な遊園地の敷地内だと思うことも出来る。 しかしその噴水の向こう側が問題だった。 何故か見えるのは、なだらかな大地の果てと空との間にある地平線。 周囲には人など誰も居ない。遊園地だと思っていた紗霧は目の前に広がるこの景色に頭が真っ白になる。


「こんな所、俺は知らない!此処は何!?此処はどこ!!?」

「お、落ち着きたまえっ」

「落ち着けるわけないだろ!!」


 グレイスの胸座を掴み、力一杯前後に揺する。紗霧を落ち着かせようとグレイスは宥めるが、紗霧はそれに逆切れする。
 こんな訳の解らない状況に落ち着けといわれても無理な話で、一刻も早くこの事態を説明して欲しいというのが紗霧の心境だ。


「解ったッ。解ったから手を離したまえ!これでは何も話せないではないか」

「う、う、うん」


 だが、グレイスの胸座を掴んだ手を離そうとしたが何故か指が震えて動かない。 必死で剥がそうとするが、焦ってしまい逆に服を強く握りしめてしまう。 焦る紗霧の様子に気付いたグレイスは紗霧の手を掴むと、ゆっくりと優しく一本一本掴み取られた服から指を外す。 全ての指が外れたのを見た紗霧は力を抜くために深呼吸をした。


「・・・すみません。ちょっと混乱して。あの、もう1度聞きますが此処はどこですか?」

「此処はデルフィング国。そしてこの領地は我がグレイスの者が代々治めている土地だ」

「・・・・・・日本ですよね?」

「ニホンとはそなたの国か?」

「・・・・・・・・・ちなみに聞きますが此処は地球ですよね?」


 グレイスが何を馬鹿な事をと言わんばかりの表情だ。


「そ、そうですよね。すみません、馬鹿な質問をしました。あ〜良かった」


 安心した紗霧を次の瞬間、グレイスの言葉が木っ端微塵に打ち砕く。


「此処はチキュウなんて大陸ではなくレヴァティーン大陸だ」

「ッッッ違〜〜う!地球は俺達が住む天体系の惑星であって、大陸の名前なんかじゃな〜い!!」


 紗霧の叫び声が部屋に響き渡った。









                                            update:2005/12/29






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